【袴田事件と世界一の姉】散歩中に交番前でお辞儀……巖さんが男の人に気を許さない理由

  • ブックマーク

Advertisement

男の人を怖がる

 巖さんは、再び浜松駅コンコースにやってきた。なんと「INNOCENCE」(英語で「無実」の意味)という名の装飾品店があった。巖さんに店の前で立ち止まってもらって撮影したかったが、通り過ぎてしまった。

 巖さんがバス停の前をさしかかったので「公共機関に乗ったりしないんですか?」と振り向いてAさんに訊いた。その瞬間だ。あれっ、巖さんは本当にバスに乗ってしまったではないか。Aさんも慌てて飛び乗った。時刻は、もうすぐ3時半になるくらい。この日、筆者は4時頃の新幹線で上京するので、巖さんと一緒にバスに乗るわけにゆかず、突然のお別れとなる。東京からAさんに訊けば、そのまま、ひで子さんの待つ自宅へ帰ったとのことで、この日のパトロールは珍しく短時間だった。

 筆者は黙々と歩く巌さんに声はかけていない。

「巖はね、女の人には気を許すけど、男の人は怖がるし、すごく警戒するんですよ。男の人には痛めつけられてきたからね」と、ひで子さんがよく話していたからだ。ひで子さんにパトロールに同行することを許可してもらったが、静かに付いていくだけにした。

 家にお邪魔した時に、筆者が挨拶をすれば巌さんは挨拶を返してくれ、何か食べていて「おいしいですか?」と訊くと「ああ」などと答えてくれるが、会話はその程度に留める。

 取調べ刑事、検察官、裁判官、拘置所の看守、さらには「殺人者」と書き立てた新聞記者に至るまで、巖さんを痛めつけ、あるいは怖がらせてきたのは、ほとんどすべてが男だった。拘置所の看守に痛めつけたられたわけではないだろうが、巖さんにとっては、いつ我が身を刑場に引き立てるかわからない「最も恐ろしい男たち」なのだ。女性にだけ心を許すのは決して巖さんの「スケベエ心」からではなく、切実な背景があるのだ。

「袴田事件がわかる会」には中高生も参加

 パトロールに同行した前日の16日土曜日には、恒例の「袴田事件がわかる会」があった。毎月第3土曜日に浜松市の復興記念館で開かれるこの会では、毎回ゲストが講演する。この日は「袴田さん支援クラブ」でネット配信「袴田チャンネル」など広報を担当する白井孝明(56)さんが「中学生にもわかる袴田事件」のタイトルで講演し、中学生や高校生も参加した。刑事裁判、裁判員裁判の基礎を説明し、参加者を裁判員に見立てて評議するユニークな講演だ。

 塾の元名物講師である白井さんは、話術も上手くわかりやすい。パジャマ、5点の衣類、凶器とされたクリ小刀などの袴田事件関連の写真などを示し、「冒頭陳述で犯行着衣だったパジャマを1年後に5点の衣類に変更した時点で検察の立証は崩壊した。本来はそこで裁判はおしまいになり、巌さんは無罪になるはずでした」などと説明した。

 講演が終わると、参加者の評議で巌さんは「無罪」と評決された。その後、一度、部屋の外に出たひで子さんが、法衣に見える真っ黒な服を着て「特別裁判長」に扮して登場し、「無罪でございます」「巖は無実です」と笑顔で槌を机に打ち付けた。

次ページ:中高生からの質問

前へ 1 2 3 4 5 次へ

[3/5ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。