「単行本化は待ってほしい。これから本当の下り坂が来ますから…」 オイルショックを予見した「堺屋太一さん」が連載小説の刊行に待ったをかけた深い理由
世相とのタイミングが合いすぎたので
「書き手にすれば印税が入るわけですから、ふつうは早い単行本化を希望します。ところが堺屋さんは、“本にするな”という。こんな作家は、初めてです。理由は『まだ時代が追いついていません。これからほんとうの下り坂が来ますから、それまで単行本化は、待ってほしい』というものでした」
たしかに連載終了のころから、株式・地価の高騰がはじまっていた。「財テク」が流行語となり、都市部は「地上げ」に襲われる。のちに「バブル景気」と称される超好景気時代である。堺屋さんは、こういった。
「いまはまさに元禄時代とおなじで、急速に峠を上っています。しかし、いつまでもつづきません。そのうち、峠を越えて、下り坂を俯き加減で歩かなければならない時代が来ます。そのときが、単行本化のチャンスです」
なにしろ、いままでの小説でも、『油断!』でオイルショックを、『団塊の世代』で社会保障制度の崩壊を予言したひとである。編集者たちは半信半疑ながら、単行本化を見送った。
「やがて1990年代に入るや、大蔵省(当時)が、土地融資にかんする総量規制を実施。これを機に、“バブル崩壊”に突入します。地価の下落もはじまり、1995年には失業率が3%を超えました。まさに堺屋さんが予言したとおり、日本は、峠を下りはじめたのです」
機は熟した。『俯き加減の男の肖像』単行本は、1995年7月、上下2巻で刊行された。連載終了から足かけ12年がたっていた。
「それなりに評判にはなりましたが、思ったほどの売れ行きには至りませんでした。というのも、さすがに12年もたつと、そんな連載があったことを、世間は忘れてしまっていたのです。『話題の週刊新潮連載、単行本化!』といったコピーが使えませんでした。『峠の群像』を観ていた管理職層は、そろそろ定年退職。また、世の中はバブル崩壊で一種の不景気でしたから、上下2巻をまとめて買う余裕も、読者にはなくなっていたのです。しかし、堺屋さんの先を読む眼力には、ほんとうに驚きました」
たしかに、いまホルムズ海峡の“封鎖”で起きているような事態は、すでに1975年の『油断!』で描かれていた。
堺屋さんは「時代を読みすぎました。小説が予言ではなく、現実そのものを描いてしまった」と、苦笑していたという。世相とのタイミングが合いすぎてもダメという、恰好の例だった。
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