『それでもボクはやっていない』周防正行監督が語った“日本で冤罪が起こる理由” 【袴田事件と世界一の姉】

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「痴漢で調べられて逃亡しますか」

「人質司法」と言われ、容疑を認めなくては検察がいつまでも勾留し続けられる日本の司法を厳しく糾弾してきた周防氏は、「痴漢も認めればすぐ釈放されるが、認めなければ絶対に釈放されない」と話し、勾留理由に「逃亡の恐れ」を挙げていることを鋭く指摘した。

「死刑にもなる殺人とかならともかく、痴漢の疑いがかかって調べられた人が逃亡しますか? サラリーマンなら黙って会社に行くでしょう。痴漢の疑いで調べられて職場も家族も捨てて逃亡するなんてありえないでしょう」と話した。

 勾留について周防氏は、金融商品取引法違反の容疑で逮捕され保釈中に国外逃亡した、日産自動車の元最高責任者カルロス・ゴーン氏も引き合いに出した。

「外圧があって保釈したら逃亡してしまった。新聞などでは『正々堂々と無罪を主張すべきだ』という論調がありました。馬鹿言っちゃいけない。裁判で勝ち目がないから逃げたんですよ。皆さん、北朝鮮や中国で捕まって裁判にかけられた場合、逃げられるなら逃げるでしょ。ゴーンさんにとって日本は、北朝鮮や中国だったのです」

 起訴有罪率が100%近い日本の刑事裁判を知るからだろう。ゴーン氏に好感を持てない筆者は「正々堂々……」の新聞論調に漫然と頷いていたが、やはり慧眼である。痴漢と殺人では罪の重さはまるで違う。周防氏はこの日の講演で袴田事件について語ることはなかったが、全く同じ構造であることを明確に浮き彫りにしてくれていた。詳細はYouTubeの「袴田チャンネル」を見てほしいが、周防氏が強調する冤罪を生む3つの問題点が①人質司法②証拠開示の制限③調書裁判だった。

 周防監督は筆者と同い年。「申(サル)年ですよね」と終了直後に駆け付けて少し質問した。

 筆者が「一人称独白体についてどう思いますか? 特別部会ではどう検討されたのでしょうか?」と問うと、初対面の周防氏は「調書が密室で作られた作文であることは指摘されていましたが、会議では調書に依存するのをやめようということが中心でした。録音、録画されれば調書の形式はさほど問題ではなくなるので。(一人称独白体には)私も最初、びっくりしましたが、あまり議論にならなかったですね」などと答えてくれた。

 少し説明しよう。「一人称独白体」は、警察や検察の取り調べで「私は相手が死んでもかまわないと思って、持っていた包丁で胸を突き刺しました」などいって、検面調書(検察官による取調調書)や員面調書(司法警察職員、つまり警察官による取調調書)で用いられる、容疑者(法律用語では被疑者)があたかも一人語りで自供したような表現だ。

 Q&Aを再現したものではないため、ニュアンスを変えるなど取調官が「創作できる」要素が多くなり、冤罪に繋がりやすい。検事や警察官が「相手が死んでもいいと思って刺したんだろう」と向けて容疑者が「はあ、まあ……」とか言っただけでも、前述のような自供の調書が出来上がってしまう。一人称独白体は世界的にも珍しく、欧米などではQ&A形式で取られる。出来た調書を容疑者に読み聞かせることにはなっているが、日本では取調官が恣意的に作文できてしまう。

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