薬物過剰摂取にカヌーで行方不明… 「ケネディ家の呪い」は今も続いているのか 今度はロバート・ケネディ氏の孫娘が42歳で逝去

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 ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ(JFK)大統領が凶弾に斃れたのは、1963年11月22日。当時46歳。若く、そして国民の共感を集めたリーダーだった。ケネディ家にまつわる出来事は、まだ余裕のあった佳き時代のアメリカを思い起こさせる一方で、今もなお「ケネディ家の呪い」という言葉がよく使われる。現職大統領の暗殺という惨事を筆頭に、ケネディ家の一族には事故死や早世するケースが多い、というのである。

祖父は暗殺、父は事故死

 今回、訃報が伝えられたのは、カイル・フランシス・ケネディ。9月21日に42歳で亡くなったことが、約1カ月後に報じられた。

 彼女の祖父は、JFK大統領の弟で司法長官、民主党上院議員を務めたロバート・F・ケネディ・シニア。1968年、民主党の大統領候補指名選挙のキャンペーン中に銃で暗殺された。42歳の若さで、兄JFKの暗殺からまだ5年も経たないうちに同じ悲劇に見舞われている。

 カイルの父、マイケル・ルモイン・ケネディは弁護士。1997年の暮れ、スキー中に木に激突し39歳で他界している。スキーをしながらアメリカンフットボールのまねごとに興じておりバランスを失った。スキー場の監視員から危険な遊びを止めるよう注意されても意に介さず、事故死に至ったのだ。

 今回亡くなったカイルは、13歳で父を突然亡くすも、ジョージタウン大学を卒業。ハーバード大学大学院で教育政策に関する修士号を得て、ニューヨーク市の公立学校で教師となった。政治臭は決して強くないが、ケネディ家の名前の影響力を活かして、初等教育の環境改善を訴える活動などに積極的に取り組んでいた。

脊髄損傷で四肢が麻痺

 結婚し子供を授かり、趣味でスポーツも続けていた。なかでも長距離走を好み、2019年のボストンマラソンでは悪天候にもかかわらず完走している。ケネディ家の一員とはいえ、普段の動静が注目を集める存在ではなかった。

 翌2020年、暮らしは急変する。脊髄に損傷を負い、四肢が麻痺してしまったのだ。それ以後は障害者の権利を擁護する活動を続けていたが、息絶えた。訃報はアメリカでは写真とともに大きく扱われている。

 カイルはロバート元司法長官の孫娘のひとり。ロバートは11人の子供をもうけた。そのうち2人が不慮の死を遂げている。ひとりは薬物の過剰摂取、もうひとりは先述の通り、カイルの父で、スキー中の激突死だ。

同じく孫の代の悲劇

 孫の代でも、悲劇に襲われたのはカイルだけではない。2019年にロバート元司法長官の孫娘のひとりが薬物の過剰摂取のため22歳で他界。翌2020年にはカヌーに乗って子供とともに行方不明になり、遺体で発見された孫娘(享年40)もいる。強風と潮流により岸に戻れなくなり母子ともに溺死したと見られる。この悲劇の際、「ケネディ家の呪い」の言葉が改めてあちこちで用いられた。

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