「学生に深夜の実験をさせなかった」 硤合憲三氏の若手スタッフへの思いやりと、非凡さ 「30年以上一つのテーマに取り組む人は、なかなかいない」
日本人のノーベル化学賞受賞は2年連続、10人目の快挙となる。昨年の北川進氏に次いで栄誉に輝くことが決まった、東京理科大学名誉教授の硤合憲三(そあいけんそう)氏(76)。知られざるユニークな人柄について、かつての共同研究者が明かした。
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【写真を見る】地元はお祭り騒ぎに! 硤合氏の受賞を祝う横断幕が
生命の起源とは何か――。硤合氏の発見は、哲学的かつ壮大な謎の解明に、一石を投じたとされる。ノーベル化学賞の選考委員は“硤合反応”と呼ばれる氏の研究について、「有機化学史上、もっともエレガントな実験の一つ」と賛辞を贈った。
科学部記者によると、
「アミノ酸や糖類といった有機化合物には、同じ原子で構成されていても、左手と右手のように立体構造が異なるものがあります。しかし不思議なことに、これらの有機化合物が生き物の体を作るとき、多くの場合、左右どちらかの構造に偏るのです」
つまり、生命には分子レベルで左右の不均衡があり、これこそが大いなるミステリーだというが、
「硤合反応は、この偏りを人工的に作り出すことに成功した実験です。いますぐ何かに役立つわけではありませんが、基礎化学の分野では画期的な発見だった。もしかしたら、生命が誕生したときに起こった化学反応のモデルといえるかもしれません。世界中の科学者のロマンを掻き立てているゆえんです」(同)
こうした功績が評価され、硤合氏は10月7日、仏パリ・サクレー大学のアンリ・カガン名誉教授と共にノーベル化学賞の受賞が決まった。
「次々にアイデアが」
希代の科学者である硤合氏とは、いったいどんな人物なのか。
「硤合先生は研究一筋です。プライベートの話や雑談は、全くと言っていいほどされません」
と語るのは、早稲田大学先進理工学部化学・生命化学科教授の柴田高範氏だ。1995年に「ネイチャー」誌に掲載された、硤合反応の原点とされる論文の共同研究者でもある。
「当時、私は東京理科大で硤合研究室の助手を務めていました。95年の春から夏にかけて怒濤の勢いで実験を重ね、同年末に『ネイチャー』への論文掲載が決まったのです。祝杯を挙げようと、硤合先生をはじめ、研究メンバー全員の4人が集まり、大学がある神楽坂のイタリアンレストランで食事会を開催しました」(同)
会場となったのは、硤合氏が行きつけの店だったという。ワインを酌み交わし、人生談義に花を咲かせるなど、束の間の休息を楽しんだかと思いきや、
「お酒が入ると、硤合先生は『次はこんなことをやろう。あんなこともやってみよう』と、実験の話が止まらなくなった。最後は皆で、ディスカッションをしていたのを覚えています。どんな場でも次々にアイデアが湧く先生は、常に研究のことを考えていらっしゃいました」(同)
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