【豊臣兄弟!】妻に配慮しすぎる秀吉、自分で結婚を決める茶々…なぜ戦国時代の常識と「かけ離れた」人物像ばかり描くのか
秀吉の利己主義や残虐性をなぜ描かないのか
しかも、秀吉には多数の妾もいたといわれる。妾は妻と違って非公式な関係の女性で、イエズス会宣教師ルイス・フロイスの『日本史』には、秀吉は大坂城内に300人もの若い女性を妾として囲い、大坂以外の各地にも多数の娘を囲っていた旨が記されている。この「女狂い」を寧々が悲しむというなら、まだわかる。しかし、フロイスによれば、大坂城内にいた若い娘を統括し、彼女たちから尊崇されていたのが寧々だという。寧々も内心は複雑だったかもしれないが、少なくとも寧々はこうした状況下に生きていたのに、周囲が寧々の心中をやたらと慮ることには、強い違和感を覚える。
さらにいえば、秀吉は制度としての一夫多妻を最大限に利用したほか、常軌を逸した数の若い女性たちと、夜な夜な子作りに励んでいた可能性が高い。別妻を娶るかどうか周囲が心配したりお膳立てしたりする必要性からは、もっとも遠い人物だったことだけはまちがいない。問題は別妻をもうけないことではなく、無数の女性に囲まれながら実子が生まれなかったことにあったはずだが、『豊臣兄弟!』はその問題を覆い隠し、きれいごとで糊塗している。
それと関連するが、もう一つ、秀吉という人物を善良に描きすぎている。前出の「寧々が、どれほど傷つくか」という発言など、この人物らしいお道化やポーズかと思えばそうではなく、大まじめにそう発言させている。秀吉という人物像を一言で表していると思われる表現として、今年5月13日付の読売新聞のコラム「古今をちこち」に、日本史家の磯田道史氏が記したものがある。〈秀吉は稀代の政治家だ。戦国時代でもある。徹頭徹尾、自分のために生きており、ご多分に漏れず陰湿なやり口もある〉。
信長の存命中ならまだわかる。しかし、『豊臣兄弟!』では、名実ともに天下人になってからも、明るく、いい人、という枠からはみ出さない。だが、秀吉は自分の意に沿わないことがあると、人を平気で残酷な方法で処刑した人物である。
『豊臣兄弟!』のチーフプロデューサーは囲み取材で、すぐあとの時間帯に放送されているTBS系の『VIVANT』への対抗心を語った。その『VIVANT』では、別班員の和田貢(平山祐介)が拷問を受け、右手の指をすべて切断された挙句、処刑される場面があった。あの場面こそが秀吉を思わせる。日曜8時から放送されるNHK大河ドラマでそういう場面を流せというのではない。だが、秀吉の利己主義や残虐性をなぜもっと描かないのか、とは思う。
秀吉に負の側面があったからこそ、それを補う秀長に存在価値があったはずで、ドラマでもそういう描き方をすれば、秀長の魅力がもっと高まるのではないか。ところが、仲睦まじい善良な兄弟の二人三脚に終始しているから、ドラマが一向に深まらない。
女性の主体性を描きすぎてはいないか
ところで、第39回では、寧々は家を守るために、秀吉が茶々を妻にすることを受け入れる。だが、茶々の心が決まらないため、寧々は弓での勝負を申し出る。そして、真ん中を射抜いた茶々は「的の前に立ち、おのれの気持ちが決まりました」といって、秀吉の妻になる決心を語った。
女同士が弓の勝負などしたはずがない、というツッコミはここでは入れない。茶々は「秀吉とのあいだで子を成せば、その子は天下人になる資格を得る。信長公も浅井家もなしえなかった天下人を生めば、お市さまもきっとよろこんでくれるはず」という秀長の説得に心が揺れ、北ノ庄城における母の市との今生の別れの際、「織田と浅井の血はわれわれが決して絶やしません」と語った言葉を思い出していた。
そして弓の勝負で、自分で人生を選ぶ権利を勝ちとり、秀吉の妻になるという選択を自分でした。そういう描き方だった。
だが、この時代の女性には、自分の人生を主体的に選ぶことなど、まったく許されなかった。『豊臣兄弟!』の制作陣は、女性の権利が拡張した今日的な女性観をドラマに導入したいのだろうか。そうだとすれば安易であり、ナンセンスであり、逆に女性への敬意に欠けているといえないだろうか。自分の人生を主体的に選べない戦国女性たちが押し隠した本音を滲ませる――。そんな描き方がされてこそ、視聴者は、今日の女性が主体的に生きられることの価値を実感しながら、昔の人の心情に思いを馳せることができると思うのだが。
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