全てはこの記事から始まった…「簗和生」農相“更迭”の引き金 週刊新潮の直撃に「おぼえてない」 裏付け取材で迫った“報復”疑惑
全てはここから始まった――「週刊新潮」が入手した一本の音声データを発端に、簗和生氏(47)を巡る“恫喝音声”問題は国会を揺るがす騒動へと発展。10月14日、ついに農林水産相の辞任に至った。9月27日に簗氏本人を直撃してから、わずか17日での辞任劇である。高市政権を揺るがした問題の発端を報じた記事を、改めて公開する。
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「とにかく他人に厳しい」
簗氏が冷徹にも発したその言葉に、居合わせた人たちの誰もが耳を疑った。
「(栃木県)那須烏山市と那珂川町の令和8年度の道路予算については、大幅にカットをしました」
5月24日に非公開で催された自民党大田原支部の総会。閉会後の懇親会で数十名の自民党員らを前に挨拶した際の発言である。
会場がどよめく中で、簗氏は続けた。
「自民党の議員に頼っていくらの予算が必要だというところに、多く回すのが当たり前の話ですから」
音声データには党の役職を笠に着て役人を呼びつけ、予算減らしを指示したと受け取れるくだりもある。
「私は今ですね、筆頭副幹事長(当時)という立場になってですね。“幹事長室にちょっと来てくれ”と言えば、こんなことができるんですね」
地元の意向に構わず権力を用いて予算を削った、そしてそれが当然だと誇って見せるこの人物が、いまや農水行政を統べる大臣の座にいるのである。
簗氏は東京都の生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、東京大学大学院で経済学の修士号を取得した。代議士秘書などを経て、2012年の総選挙で栃木3区から出馬。みんなの党代表(当時)の渡辺喜美氏に敗れるも比例復活で初当選を果たす。以降、現在まで当選6回。国土交通大臣政務官、文部科学副大臣、党農林部会長などを歴任している。
「簗氏は農業政策に明るく、昨年の総裁選では同じ栃木県を地元とする茂木敏充氏の陣営に身を置きながら、高市氏に農政をレクチャーした。今年2月の総選挙で首相が栃木3区に応援演説で訪れた際、簗氏を“私の知恵袋のやなちゃん”と紹介する場面も。旧安倍派出身で裏金議員でもある簗氏の大臣起用は世論の反発を招く懸念もありましたが、首相が一本釣りした格好です」(政治部デスク)
だが、芳しくない評判も。
「簗氏はとにかく他人に厳しい。まだ元号が平成だった頃、私が地元事務所で秘書として働き始めた時点で、すでに20人近くの秘書が辞めていました」
と語るのは、元秘書の男性である。
「人格を否定するような言葉で人を責めるんです。私自身もパワハラを受けたことがあります。ある案件について、“あれはこうしていいですか?”と何日も前から確認しても一向に返事がない。時間的な都合からやむを得ずこちらの判断で処理すると“なんで勝手なことをするんだ!”と怒鳴られました」(同)
別の元秘書の男性も、かつての職場のブラックさについてこう語る。
「簗氏は以前、栃木と東京を往復して暮らしていました。東京に行く際には、那須塩原駅を6時11分に出る始発の新幹線に乗らねばならず、秘書は早朝4時や5時に起きて簗氏を駅まで車で送らなければなりませんでした。しかも、本人が23時ごろ事務所に戻るまで秘書は帰れないというルールまでありました」
結果、秘書の睡眠時間は4時間程度だったという。
「休みを取ることは許されなかった。ある秘書が親を亡くし、仕事を休んで葬儀に参列したところ、簗氏はその場に乗り込んで“俺のことをなんだと思っているんだ”となじったんです。秘書が家族の病気や出産などで休みを取りたい旨を願い出ると“気に入らないなら辞めてもらって構わない”と言われることもありました」(同)
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