「徹頭徹尾、『殺人をする』ということが目的です」…自殺志願者を殺め、バラバラにした「さいたま・承諾殺人」 齋藤純被告から来た手紙
接見禁止が解けた後、何人ものライターや記者から手紙が届いていたという。だが実際に面会室で顔を合わせた取材者は、筆者だけだった。
「手紙の内容を読み比べて、誰と会ってみるか決めました。実際に会ったのは高橋さんのみで、違和感がなかったので」
【写真を見る】残虐犯のものとは到底思えない字体…齋藤純被告からの手紙
後にそう振り返った齋藤純被告(32)は、2015年と2018年、自殺志願者であった20代女性2名を「承諾殺人」という形で絞殺し、頭蓋骨など遺体の一部を自室に飾り続けていた。2026年7月、さいたま地裁は懲役10年(求刑13年)を言い渡したが、被告側は控訴している。
最初の手紙を送ったのは3月、初公判の直後だった。以来半年、獄中の齋藤被告とは文通と面会を重ねてきた。本稿は、その往復書簡と面会、そして公判記録をもとに構成する。
【前後編の前編】
【高橋ユキ/ノンフィクションライター】
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「過去の反面教師として」
公判で齋藤被告は長年抱き続けてきた“殺人衝動”について語っていた。事件は殺人衝動によるものだったのか。だとすれば、どれほどの衝動だったのか。殺人の何に関心を持っていたのか。最初の手紙ではそんなことを尋ねていた。
取材を受けた理由を手紙で尋ねたとき、齋藤被告は少し大仰な言葉でこう答えている。
〈私は人間すべてに対して、過去の反面教師として私を提供することができる〉
〈後世に私のような人間が生じないため、生じたなら適切に対処するため、小さなひとつの実例として取り扱われるというのは、これからの私の人生でできる数少ない社会貢献なのです〉(2026年6月3日付の手紙)
本人も自覚しているのか、同じ手紙の中では〈誇大妄想のきらいがあるようにも思いますが……〉と添えられていた。いわば“しくじり先生”のようなものか? と手紙で尋ねると〈しくじり先生!懐かしいですね。そう、ああいうスタンス、「あれ」と理解してくださればオーケーだと思います〉(2026年6月14日付の手紙)と返答が来た。
もっと言えば、彼にとってこの取材を受けることは〈拘置所や刑務所で過ごす間に、今回の事件や自分の人生について、(独力では難しい部分が多いので)質問の専門家であるライターの力を借りて振り返りつつ、力を借りたことに対する謝礼として、振り返った事柄を記事にすることに同意〉(2026年9月27日付の手紙)したものだという。
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