「徹頭徹尾、『殺人をする』ということが目的です」…自殺志願者を殺め、バラバラにした「さいたま・承諾殺人」 齋藤純被告から来た手紙

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死亡を確認せず立ち去る

 2015年10月、齋藤被告は掲示板で知り合った横浜市在住のBさん(22=当時)とメールのやり取りを始めた。証拠として裁判に提出されたメールは実に100ページ分に及ぶ。Bさんは当初「苦しくなくうまく殺してほしい」と望みながらも、「なんだかとてもこわくなってきました」「心の準備ができたらにしてください」と、書き込みのたびに揺れていたという。齋藤被告は法廷でこう振り返っている。「苦しみたくないというのは、当然の、自然なことだと思いました」「なるべくその希望に沿うように、沿う形で実行しようと思いましたね」。

 同年10月22日、齋藤被告はBさん方を訪れた。玄関先で凶器や撮影機材を持っていないか荷物検査を受け、遺書を書かせ、睡眠薬を渡した。「今日は時間を取ってくれてありがとうございます」「薬を飲む前であれば、いつでもやめたければ言ってください」――齋藤被告はそう伝えたという。Bさんは薬を飲み、ベッドで待った末、最終的にコートのベルトで首を絞められ、絶命した。

 だが齋藤被告は、殺人衝動を持っていながら、Bさんの死を最後まで見届けていない。「自分自身が家に帰るまでの終電がちょっと危うい状況でした」(被告人質問より)という理由で帰宅していた。翌朝、死亡を確認するためにBさん方へ戻ったが、部屋の奥に見知らぬ男性の姿を見て、そのまま立ち去ったのだという。後にそれはBさんの家族だったと分かる。

殺人と解体はひと続き

 なぜ「殺すこと」にこだわったのか。解体にも一定の関心があったのではと尋ねたとき、齋藤被告はこう説明している。

「殺人です。とにかく徹頭徹尾『殺人をする』ということが目的です。しかし、『解体にも興味を持っていた』というのも趣旨によっては間違いではなく、『人を殺す→死体ができる→死体を片付ける→解体をする』というような連想が当たり前に身に付いており、喩えるなら『散らかしたら片付ける』という一般的な考えかたのような感覚で、『殺人』と『解体』をほとんどセットで捉えていた」(2026年6月14日付の手紙)

 殺人行為と解体は、彼の中でひと続きのものだったという。

 齋藤被告がBさんにたどり着くまでに、掲示板で接触した相手は5~6人いた。「話ができた時点で気持ちが落ち着いたので今回はやめますという人だったり、ちょっと条件的に様々厳しい方がいたり」(被告人質問での発言より)と、話が流れた相手も少なくなかったという。Bさんとのやり取りが最後まで続いた理由については、齋藤自身は多くを語っていない。

 当時、神奈川県警は遺書の存在などから自殺と判断し、事件は表面化しなかった。齋藤被告の殺人衝動は、この一件では収まらなかった。被告人質問でも「その段階では残っておりました」と明言している。次の対象を探し始めるまでに、そう時間はかからなかった。

 ***

【後編】では、約2年後に行われた「第2の殺人」について詳述する。法廷で「罪悪感はあったか?」と聞かれた際の被告の“驚くべき答え”とは――。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)
ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。

デイリー新潮編集部

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