「徹頭徹尾、『殺人をする』ということが目的です」…自殺志願者を殺め、バラバラにした「さいたま・承諾殺人」 齋藤純被告から来た手紙

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同級生の首を…

 もっとも、取材を受ける決断は簡単ではなかったようだ。「家族からは前々から明確に反対されていまして、一切を拒否して欲しいとまで言われていました」と齋藤被告は明かしている。それでも取材に応じたのは、「『今』でなければならないもの、という感覚」があったからだという。裁判が終わり、判決が確定してしまえば、心中を明かす機会は失われる……そんな焦りが、齋藤被告の中にはあったのだろうか。

 文通の中で、齋藤被告はたびたび「記憶力に自信がない」と繰り返した。殺人衝動が芽生えた時期についても、6月14日付の手紙ではこう説明している。〈要するに『いつから』というのは『記憶していない』になります。時期のよくわからない『きっかけの記憶』があるというわけでもなく〉。法廷では同じ質問に答えてはいるが、それはあくまで「説明の必要がある」場での便宜的な答え方だったという。

 そんな“便宜的”な法廷での発言によれば、齋藤被告が最初に人を殺めたいと感じたのは「記憶してる範囲で、小学校中高学年ぐらいの頃だと思います」(被告人質問より)。中学生になる頃には「ちょっとほかのことが考えられないくらいのものですね」(同)と、その衝動は明確になり、そして続いていたのだそうだ。かといって内なる思いを誰にも明かすことはできないままに過ごした。「内容が内容なので、第三者に相談をするというのはちょっと難しいかなと考えておりました」と法廷で語っている。

 中学生の頃、ある夜、同級生を公園に呼び出し、会話の後、後ろから首を刺したことがある。刃は“首の硬いところ”に当たって止まり、相手は翌日、包帯を巻いて登校してきた。事件に発展しそうな行為に思えるが、驚くことに「その後全然仲良くしてます」と齋藤被告は面会で語っている。もう一度は、駅からスーツケースを引く女性の後をつけ、住宅街で羽交い締めにして刃物を突きつけた。女性に「やめてください」と言われ、手を止めた。「明日に向かって生きてる人を突然襲い掛かって殺すというのは、ちょっと余りにもよろしくないなということにその時点で思い至りまして」(被告人質問より)。この一件を境に、齋藤被告は自殺志願者が集う匿名掲示板やSNSを通じ、「死にたい」と自ら公言する相手を探すようになる。

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