膵臓がん患者(62)が『イン・ザ・メガチャーチ』を読んで気づいた“雑談”という名のケア 自分の弱さを語ること、誰かの弱さに耳を傾けること

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雑談を通じて情報を教え合う

 登場人物の一人は四十代後半の男性だが、ある場面で、デビュー前の男性アイドルから、男性は雑談が苦手だと指摘される。

 何ということもない会話によってその場の雰囲気をつくっていくことは、概して女性が担ってきた。一方、男性、とりわけ社会人になった男性は、仕事のことやテーマがはっきりした話題であれば自分の見解を述べることができる。しかし、何を目的としているのかもはっきりしない会話を続け、それによって場を盛り上げていくことが苦手だというのだ。

 その男性アイドルは、アイドルグループに入ったことで、男性同士で会話をする機会が増えた。そして、その経験を通して、女性たちが日常的にしている「雑談」が、単なる意味のないおしゃべりではないことに気がついたという。

 女性たちは、雑談を通じて互いにさまざまな情報を教え合っている。

 しかも、その情報の多くは、自分自身が決して強い存在ではないことを前提としている。身体の調子が悪いときにどうするのか。心が疲れたときにどうするのか。誰かとの関係で困ったときにどうするのか。自分自身や周囲の人間をどのようにケアするのか。

 そうした情報が日常的な会話の中で交換されている。

 そして、自分や他人をケアするための会話を続けることが、結果として、その場の空気そのものをケアすることにもつながっている。

 男性アイドルはそのことに気づき、自分はそのような会話ができない男性にはなりたくなかった、という趣旨のことを話す。

 この場面を読んで、「自分のことだ」と思わない男性は少ないのではないかと思う。私もその一人だ。友人は多いなどと偉そうなことを言ったものの、では、そうした場をつくる会話を自分ができていたのかと問われると、そういうわけではない。聞き手としては存在価値があったかもしれないが、連載第1回にも書いた通り、もともと自分語りが得意ではない。まして、自らの弱さをさりげなく会話に盛り込むなどできるわけはなかった。

“時間の流れ”の変化

 さらにもう一つ、この時期に感じていたことがある。

 自分を取り巻く「流れ」のようなものを、以前よりも強く感じるようになったことだ。例えば、時間の流れ。情報の流れ。他者とのやり取りによって生まれたり、逆に失われたりするエネルギーのようなもの。うまく言葉にはできないのだが、そうした物理的な何かが自分の周囲を流れていることを、ふとした瞬間に感じるようになった。

 決してスピリチュアルな意味で言っているわけではない。むしろ、それまでなら存在していることさえ意識しなかった摩擦のようなものを、実際に身体で感じるようになった、と言ったほうが近い。

 例えば時間である。

 これまでの私であれば、誰かから誘いを受けたとき、数十秒で返信することも珍しくなかった。スケジュールアプリを開き、その日が空いているかどうかを確認する。それだけで「行ける」「行けない」を判断することができた。

 ところが、がんになってからはそうはいかない。

 治療のスケジュールを確認する。その日の前後に抗がん剤治療が入っていないかを考える。さらに、その時期に自分の体調がどうなっているか予想する。

 そうすると、それまでなら数十秒で済んでいた返事に、一時間、二時間とかかることがある。ときには、返事をするまでに数日かかることさえあった。

 この時間感覚の違いは、思っていた以上に大きかった。

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