膵臓がん患者(62)が『イン・ザ・メガチャーチ』を読んで気づいた“雑談”という名のケア 自分の弱さを語ること、誰かの弱さに耳を傾けること
2024年7月に膵臓がんの告知を受けたY・Jさん。その事実を友人たちに伝えるために頭を悩ませた時期がありました。そうしたなか、彼はこれまで意識してこなかったことに気づかされます。【Y・J/大学教員、映像作家】
(全2回の第2回)
第1回【“余命宣告を受けたがん患者”が本格的な治療を前に「友だちと宴会を開いた」納得の理由…「結果的には正解でした」】からの続き。
※個人情報およびプライバシーに配慮し、内容の趣旨を違えない範囲で一部の表現を変更しています。
【写真を見る】親しいからこそ言いにくいこともある…がん患者という“新しい世界”を生きる筆者の近影
もう一つ、この時期に気がついたことがあった。
周囲の人たちの雑談が、妙によく耳に入ってくるようになったことだ。私は以前から喫茶店で仕事をすることが多かった。だが、それまでは周囲の席でどんな会話がなされているのか、あまり気にしたことはなかった。
ところが、自分が「がん世界」の住人になってから、耳に入ってくる言葉に対する感度が明らかに変わった。
ちょっとした気候の変化による体調不良。長年患っている持病の状態。病院や薬の話。リタイア後と思われるおじさんやおばさんたちの会合で話されていることは、感覚的には八割方が体調に関することだった。
そして、これはどちらかというと女性同士の会話だったが、友人や夫、両親など身近な人ががんになり、そのことを気にかけているという話が驚くほど頻繁に交わされていた。電車の中でも同じだった。
世の中では、こんなにも自分自身や親しい人の体調が雑談のテーマになっているのか。
それまでの私は、そのことにまったく気がついていなかった。
2025年に出版された『イン・ザ・メガチャーチ』は、“推し活”をテーマの一つとした小説で、2026年には本屋大賞を受賞し、50万部を超える大ヒットとなった。
この作品の中で、実は「雑談」というものが重要な意味を持つ場面がある。
※以下、作品の内容に触れるため、いわゆるネタバレを含むことになる。また、作品についての解釈は、あくまで私個人の見解であることをあらかじめお断りしておく。
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