「ポリ袋を破って茶色い手みたいなものが」…お盆の運河に浮かんだ小1男児の遺体 「小学生の頃からワル」の実母が“執拗な折檻”に至るまで
小学生の頃からワルで有名
キレやすい性格のCは、わがまま勝手で傍若無人、何事にも無責任な現代っ子そのままの生き方を平然と貫いてきたようだ。地元の事情通氏はこう言う。
「彼女は62歳の父親と27歳だった母親との間に生まれたが、その上に4人の男の子がいた。本来なら待望の女児誕生と祝福され、大事に育てられるはずの末娘なのですが、そうはいかなかったのです」
父親は元暴力団員。彼女が生まれた当時は経済的にもどん底の状態にあったという。
「若い母親が飲食店店員として外で働き、家計を支えていたのです。しかし、子供の教育に心を砕くような女性ではなかったようで、おかげで男兄弟は不良の仲間入りをして、みんなイッパシの半端者になってしまった」
両親の仲も最悪で、離婚と復縁を繰り返すような関係は父親が死ぬまで続いた。
そんな環境の中で育ったCは、すでに小学生の頃からワルで有名だった。たとえば、“ヒマやから”といって、前の席に坐っていた生徒の背中をカッターナイフで切りつけ、新聞ダネになっているほどだ。
すぐに刃物を振りまわす
当時の彼女を知る元同級生の1人は、こう洩らす。
「そんなのは事件になったから知られているだけで、当時の彼女がやったカツアゲや窃盗の被害で泣いた子供は、どれだけいたか数えられない」
キレてカッとなるだけならいいが、彼女はすぐに刃物を振りまわすものだから、実に始末が悪かったという。
「だから、中学時代は矯正施設のある養護学園に送り込まれ、途中から大阪市内の中学校に編入。そこの卒業証書をもらっているのです」
しかし、この養護学園での生活も、Cの矯正に役立ったとはとても思えないのだ。
「自分からそこでの寮生活を吹聴し、“当時はバレーボールをやらされていたので、痩せていたんやで”と自慢していたくらいでした」
同級生達よりも1年遅れで中学校を卒えた彼女はその後、年齢を偽って大阪の十三にあるキャバクラなどで働いていたが、その頃にA君の父親となる男性と知り合い、17歳で結婚してしまう。
「相手も1歳年上の18で、フーテン同然の男でしたからね。翌年には2人の間に子供まで生まれたというのに、それからちょうど1年後には協議離婚してしまうのです」
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市から月々支払われる児童手当の5000円を――。第2回【「母と養父」に“30時間の暴行”を受け絶命した「6歳男児」 施設職員が見ていた生前の無残な姿「顔は腫れ左目に眼帯。階段すら自力で上がれない」】では、A君が引き取られた経緯やその後の公判について伝える。



