昔は“パンストが伝線”したときの駆け込み先だったのに…コンビニで「おしゃれ靴下を選ぶ」時代 元ローソンバイヤーの反省
「日本製50%」が「1.5%」になる、その後押しをしてしまった
私自身、グンゼ、フジボウ、そしてローソンの親会社・三菱商事系のエムシーファッションといったメーカーと協業し、海外製造工場を開拓していた。当時から中国一極集中を是正する「チャイナプラスワン」が叫ばれており、ベトナム、タイ、インドネシアなどを回った。結果、ローソンのコンビニアパレル16品目はベトナム・ホーチミン製造となった。「次はバングラデシュだね」などと話している環境だった。
その結果、日本の繊維産業全体では何が起きたのか。ここで、自戒を込めて数字を挙げておきたい。
バブル期には日本人が着る服の約50%が日本製だった。日本繊維輸入組合の調査によれば、日本製の比率は1990年には50.1%だった。それがバブル崩壊後のデフレの進行、グローバリゼーションによる生産拠点の海外移転によって、じわじわと減っていった。そして輸入浸透率は数量ベースで98.5%(2023年) に、つまり日本製の比率は2023年時点で1.5%まで低下している。家庭のクローゼットに100着の服があれば、国産品は1〜2着という計算だ。
当時、私は兵庫県・加古川の靴下メーカーを回り、取引停止の商談をしに行っていた。いまでは大きく反省しているが、当時は時代の流れには逆らえなかった。この「日本製1.5%」という現実をつくる後押しを、自分の仕事がしてしまったのは間違いない。そうした動きは、もちろんコンビニだけで起きていたわけではないが……。
同じ靴下が880円と480円──ブランディングの重みを知った日
海外工場の開拓は協業先と一緒に行ったが、工場のレベルを見極めるために視察と工場開拓にも力を入れた。視察の中で、忘れられない経験がある。海外のある靴下工場で、某ブランドとまったく同じ靴下を、ローソンでは480円・利益率50%前後で製造してもらった。ところがその某ブランドは、同じ靴下を880円で売っていたのだ。同じモノが、ブランドの力で倍近い値段になる。ブランディングの大切さを、身をもって知る経験だった。
こうした経験が私自身にあったから、ファミマが始めた「コンビニエンスウェア」を、当初は懐疑的に見ていた。コンビニ自身がブランドになることは難しいだろうし、価格面でもユニクロなどSPA(製造小売業)とは同じ土俵では戦えない。コンビニ服=緊急購買のイメージが拭えなかったのだ。その見立てが間違っていたことは、今日の成功のとおりである。
また、一部では今治タオルや日本製素材を打ち出す商品もラインナップされている。当時と今とでは環境が違うとはいえ、私ができなかった“国内への目くばり”が、できている。
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