男子マラソンで「2時間切り」の快挙…不可能を可能にした中距離ランナー「ロジャー・バニスター」が破った「1マイル4分の壁」を振り返る
50年後の評価は
フルマラソン2時間切りを最初に達成したサウェの名も、歴史に刻まれるだろう。だが、バニスターの伝説とはかなり色彩が違うように思う。
ケニア、エチオピアを中心とする高地で育ったアフリカ選手たちが「レースで勝てば人生が激変する」という先輩たちのシンデレラ・ストーリーに触発され、競技者を志すようになって50年近い歴史が流れた。陸上で多額の報酬を正当に受け取れる“プロ化”“商業化”の流れが背景にある。その結果、「男子マラソン世界歴代記録ベスト100」の一覧のうち84人をケニア、エチオピアが占めている(4月26日現在)。少し前まで日本選手の名も下の方に見ることができたが、いまは100位(99位タイ)が2時間4分46秒だから、大迫傑(2時間4分55秒)も鈴木健吾(2時間4分56秒)もランク外に落ちている。
“2時間切り”は、高地で暮らし、日常的に起伏のある山道を走って移動する生活習慣を受け継ぐアフリカ出身者の中でも競技レベルでの才能に恵まれた少年少女がこぞって陸上競技の長距離レースに専念するようになった歴史の産物だ。
そして併せて、「超軽量化」「厚底」など工業技術の粋を集める“高速シューズの開発”や“トレーニング施設”“サプリメントを含む栄養指導”などの医科学研究の組織的介入、それを支援するスポンサー企業の莫大な資金提供などの追い風がある。つまり、ひとりの情熱家が知恵と努力で破った壁というより、時代の流れと組織的なビジネスパワーが一体となって実現した成果。それを最初に達成したサウェは、幸運にも第一号の栄誉に浴した。
だが50年経って、「初めて2時間を切ったマラソンランナーは誰か」と問われたら、やはり「キプチョゲ」と答える人が大勢を占めるかもしれない。そんな気もする。



