五輪直前に自殺「円谷幸吉」は悲劇のランナーか 27年後の後日譚(小林信也)

小林信也 アスリート列伝 覚醒の時 スポーツ 週刊新潮 2020年12月10日号掲載

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 円谷幸吉の名前を日本中が知ったのは、東京オリンピックのマラソンレース終盤。“裸足の王者”アベベが1位でゴールテープを切った後、テレビ画面が2位で競技場に入ってくる選手を映し出したときだ。

 当時の中継態勢では、トップを走る選手を映すのが精いっぱいで、後続の様子は伝えられなかった。カメラは独走するアベベを映し続け、2位以下は38キロ地点の情報程度だった。そのため、国立競技場のスタンドで固唾を呑んで2位の帰還を待つ観客とテレビを凝視する多くの日本人は、日の丸を胸につけたランナーの姿を認めて驚き、昂奮した。...

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