「多党化時代」突入の日本が“お手本”にすべき国がある 文書のボリュームは自維の20倍…歴史の反省が生んだ超慎重な合意形成

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一致点を粘り強く見つけるドイツ政治

 もちろん連立政党間で折衷案を模索するなどの調整はある。その対象には、日本であれば「国の基本政策」と言われるような分野も存在する。

 例えば主張に隔たりがあった「原子力発電」は協定内では触れられず、「移民受け入れ」を巡っては、厳格化と欧州基準の準拠という双方の主張をマージする案に落ち着いた(図3)。

 そのためドイツでは、連立協定にもとづいて実際に政策を進める際に、与党内はおろか閣内でさえ政策の不一致が起きることもある。その場合も、合意に向けた協議は継続される。

 第1回首相指名選挙でCDU党首フリードリヒ・メルツ氏は、三党の合計議席である328票に及ばない310票しか得られず、過半数の316票を要する首相指名選挙は失敗した。

 第1回首相指名選挙で首相が決しないのはドイツで戦後初の事態であり、造反者の疑いが出るなど政治の不安定さを露呈した。しかし、すぐに三党幹部が緊急協議を経て所属議員の引き締めを図り、第2回首相指名選挙では325票を得てメルツ首相が誕生することとなった。

 政権発足後も、エネルギー政策で経済大臣(CDU所属)と環境大臣(SPD所属)の間での意見相違が指摘された際に、メルツ首相は「意見の相違はなく、せいぜい、事前に合意した目標を実際に達成できるかという疑問があるだけだ」と釈明した。(※ドイツ連邦議会公式Webサイトより 2025年7月)

 また、激変する安全保障環境下での兵役義務復活を巡る議論では、志願兵数が足りない年は抽選によって徴兵する案が新たに与党内で出るなど、折り合いの模索が続けられている。

 16年にわたりドイツを率いたアンゲラ・メルケル元首相が述懐しているように、諦めずに具体的な議論を続けることが合意形成の正攻法である。

〈私は「もうだめだ」と考えないことを学んだ。手遅れになることは稀で、諦めずに探せば、できることが必ず見つかる。そして、実際に転機を見いだせた。〉

〈連立交渉の際、CDU、CSU、SPDの三党はこれまでの敵意を捨てることで、多くの考えに共通点があることに気付き、驚かされた。いわば自分で自分に驚いた。〉

※Angela Merkel & Beate Baumann, “Freiheit: Erinnerungen 1954-2021”, Kiepenheuer & Witsch GmbH(2024年11月)より筆者要約。日本語版書籍は『自由(上・下)』、KADOKAWA(2025年5月)。

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