何十年も女性を“見たことがない”2000人の男たち

国際2017年8月18日掲載

 こんな社会が、現代の地球上に残っているのか!? 「女人禁制」の「聖地」は世界に数あれど、これほど徹底した男社会は聞いたことがない。ギリシャ正教の聖山アトス。ギリシャの東方、エーゲ海に臨む半島がまるごと、ギリシャ正教の聖地として、自治権が認められた独立宗教国となっている。陸路は峻険な地形と「国境」の壁に遮断されて、船でしか「入国」ができない。「入国」できるのは、自治政府から許可を得た聖職者、巡礼と、ごく限られた人数の観光客のみ。もちろん、男だけである。

 先ごろ世界遺産に登録された沖ノ島をはじめ、日本にだって女人禁制の地はあるじゃないか、と思うところだが、アトスの女人禁制は規模が違う。ここには20の大きな修道院があり、男ばかり約2000人の修道士が自給自足で修行に励んでいる。修行中の身だから、女性に触れない、というのは当たり前だが、いったん修道士としてこの地に身を捧げたら、彼らのほとんどは死ぬまでこの地を出ることはない。つまり、女性に会う機会がなくなる。大峰山や沖ノ島が女人禁制だとはいえ、神官や修験者は島や山を出れば、そこには女性が存在する。だがアトスの修道士たちは数十年、あるいは50年以上も女性を「見たことがない」という男たちが、2000人も暮らしているのだ。

 さらに徹底しているのは、自給自足生活で飼育している家畜も、すべて雄。唯一猫だけは、鼠退治のために雌の存在が許されているが、それ以外の動物の「繁殖」はない。修道士たちにとっては「生神女マリア(キリストの母)」だけが唯一の女性であるといい、1406年に始まった女人禁制は、世界遺産に登録された現在もなお、頑なに守られているのである。

 そんな神聖な場所だから、取材や撮影にも非常に厳しい制限が課せられているのだが、日本人として初めて公式に撮影・出版を許可されたのが写真家の中西裕人氏。ギリシャ正教の司祭である父と共に、自身も洗礼を受けた上で、2014年から5度にわたり、取材撮影を続けてきた。あまりの取材制限の厳しさに「謎の宗教独立国」と呼ばれてきたアトスの全貌を紹介する本が、8月に初めて出版される(『孤高の祈り ギリシャ正教の聖山アトス』写真・文 中西裕人)。

 電気やガスも通わぬ住居で、男ばかり2000人が自給自足で生活している修道士たちの日常とは、どういうものなのか? 厳しい戒律に縛られた苦行と禁欲の日々? 興味津々で乗り込んだ中西さんが見たアトスの現実は、予想とはかなり違っていたようだ。生活環境が厳しくとも、祈りと修行に追われようとも、修道士たちはそれを“苦行”と受け止めず、神に感謝し、常に自分のことより他人のことを想いながら、喜びに満ちた日々を送っている。カメラを提げて乗り込んだ“闖入者”さえも、あたたかく迎えてくれたのみならず、皆、積極的に取材に協力してくれる修道士たちに、感謝しつつも戸惑いを隠せない中西氏だったが、日々の祈りを共にし荘厳な大祭に参列するうちに、ギリシャ正教の本質に触れ、どんどん魅了されてゆく。

「ここは現実世界なのか、未来なのか、過去なのか、はたまた地球上ではなく宇宙なのか、楽園なのか……それは衝撃的な体験だった」

 と、中西氏が記す現実離れした宗教独立国の全貌――そこには原始キリスト教の流れが今なお色濃く残っていた。

デイリー新潮編集部