「マスコミは移民の犯罪を報じない!」不満爆発が政策を変えた 「移民先進国」ドイツのリアルとは
7月の参院選に続き、自民党総裁選でも移民問題は大きな争点となった。わが国ではこの問題に関して様々な議論が戦わされている。
参政党の躍進もあり、移民に対して消極的なスタンスを示す政治家も増えているようだ。これに対しては「外国人差別だ」といった批判の他に、経済成長の観点から批判する向きもある。
「そんなことだから日本は成長できないのだ。移民を活力にしてきたドイツなど欧米を見習わないで、日本の未来はない」
少子高齢化、人口減少が進む日本だからこそ積極的に外国人を受け入れよ、という主張である。
が、現在すでにドイツなど欧州は移民を受け入れたことのマイナスも味わっているのが現実だ。
多くの移民を受け入れ「移民先進国」と言われてきたドイツはこの問題にどう対処しているのだろうか。その先行例を知ることは、今後の日本の移民政策を考えるうえで不可欠である。
ヨーロッパの移民事情に詳しいジャーナリスト・三好範英氏の著書『移民リスク』(新潮新書)から抜粋して紹介する。
***
ドイツ人の2倍以上の犯罪率
2023年、ドイツの犯罪件数は594万件で前年比5・5%の増加だったが、外国人による件数が17.8%と顕著な伸びを示した。24年4月6日、この統計が発表されると、ナンシー・フェーザー内相は「流入者が非常に増加しており統合は限界に達している。難民申請をしている外国人でも犯罪を起こせば迅速に送還せねばならない」と発言した。
24年3月20日、公共放送ARDが報じたノルトライン・ヴェストファーレン州(人口、経済規模がドイツ16州の中で最も大きい西部の州)の犯罪統計では、外国人の犯罪容疑者数(外国人法=入管法違反を除く)は、21年全体の31.0%、22年32.8%、23年34.9%と徐々に割合が高くなっており、人口当たりではドイツ人の2倍の発生率になっている。
外国人による犯罪率が高いと指摘することはドイツではタブーだったが、状況悪化に伴い崩れつつある。もっとも同番組では、外国人には若い男性が多く、犯罪率が高いのは不思議ではないという識者のコメントも放送していた。
部族組織同士の激しい抗争
クルド、コソボ、ロシア、レバノン系などの一族による、強盗、麻薬などの「部族犯罪」(Clankriminalitat/※2つ目の「a」はウムラウト付きが正式表記)も深刻である。一例を挙げれば、ドイツ東部ドレスデンの「緑の丸天井博物館」から19年11月、貴重な文化財が盗まれた事件では、アラブ系の窃盗団のメンバーが逮捕された。部族組織は、多額の現金輸送を狙う強盗事件もしばしば起こしている。
部族組織同士の抗争も激しく、23年6月にはドイツ西部エッセンで、レバノン系とシリア系の計80人が、レストランで乱闘事件を引き起こした。両者はすでにこの数年、抗争を繰り返していた。24年の夏から秋にかけて、西部ケルンなどで、誘拐やアパートに仕掛けられた爆弾が爆発する事件が相次いだ。麻薬取引を巡るモロッコ系を中心としたマフィア組織間の抗争とみられている。
スウェーデンも政情不安定化へ
ドイツと並び難民受け入れに最も積極的だったスウェーデンでは、部族間の射殺事件が相次ぎ、22年、対立抗争で60人以上、23年も50人以上が死亡した。これら部族組織はSNSを通じて刑事責任を問われない13、14歳の少年をリクルートしており、一般人の巻き添え死亡事件も起きている。国連報告によると、21年の銃による人口当たりの死者の割合は、ヨーロッパでは政情不安定なバルカン半島のアルバニアについで高い。治安のいい北欧の国のイメージとかけ離れた状態になってしまった。
出身国内や国家間の政治、民族対立もしばしばドイツに持ち込まれる。トルコのエルドアン大統領を支持するトルコ人と、反対するクルド人が、それぞれ数万人規模のデモを行い、衝突でけが人も出ている。
移民排斥を訴える右派政党が躍進
2024年には、イスラム原理主義に基づくテロ事件が相次ぎ、それを直接のきっかけにして、ショルツ政権は流入制限と送還促進を本格化させた。ドイツの外国人政策は新たな節目を迎えている。
こうした渦中、9月に旧東ドイツのテューリンゲン、ザクセン、ブランデンブルクの3州で行われた各州議会選挙で、不法移民排斥を主張する右派ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が躍進した。これも政権にとってショックだった。テューリンゲン州の有権者を対象とした、ARDが報じた世論調査では、「何に懸念を抱くか」という質問に対して、「犯罪が将来大きく増える」が前回調査に比較して17ポイント増の81%、「ウクライナ戦争に引き込まれる」77%、「イスラムの影響力がドイツで強くなりすぎる」が21ポイント増の75%、「多すぎる外国人がドイツにやってくる」68%となっている。不法移民対策を急がなければ、AfDの伸長に歯止めをかけることができないことは明らかだった。
送還促進、流入制限に追い込まれた左派政権
2021年12月に発足したショルツ政権は、SPD、緑の党、自由民主党(FDP)の3党連立の左派リベラル政権だった。
本来ならば寛容な、受け入れ加速の政策をとるのが自然だろう。しかも、ドイツでは政治のあらゆる問題にナチ・ドイツによるユダヤ人大量殺戮(ホロコースト)の教訓が作用する。外国人犯罪を取り出して問題を指摘すれば、差別とか排外主義といった非難が巻き起こる。しかし、この左派リベラル政権が厳しい外国人政策を取らざるを得なかったところに問題の深刻さがあった。
不法移民・難民流入第3波を受けて、2024年2月27日、「送還改善法」が施行された。「送還収容」をこれまでの10日から28日に延ばし、当局が送還の準備を行うために十分な時間を確保し、逃亡を防止することを可能とした。ドイツの場合、身柄の拘束は刑法犯に限るという考え方が強かったが、改正により収容施設で被送還者の部屋以外にも警察官が立ち入ることも可能とした。現場職員がいかに送還にてこずっていたかが想像できる。
流入制限に関しても、それまでオーストリア、ポーランド、チェコ、スイスとの国境で実施していた検問を、24年9月16日からは、一応6か月を期限に、ドイツに隣接するすべての国に拡大した。シェンゲン協定に基づき、圏内で国境管理をなくし、人、物の往来を自由化するのがEUの理念だが、棚上げもやむを得ないという判断が優先された。
流れを変えたケルンの集団暴行事件
外国人問題の影響は多面的で、時間は前後するが、2015年大みそかに起きた女性への集団暴行事件は、報道のあり方、ひいては戦後ドイツの「政治的正しさ」を見直すきっかけになった。
観光地として有名なケルン大聖堂周辺の広場が、大みそかの花火を打ち上げる若者などでごった返す中、女性が大勢の若い男たちに取り囲まれ、体を触られたり、財布を盗まれたりする事件が続発した。2人が強姦されたとの情報もある。2016年1月20日までの時点で、652件の被害届があり、容疑者の多くがアフリカ出身のアラブ系青年を中心とした難民申請者や不法残留者であることが明らかになった。
事件そのものの悪質性と並び、問題となったのは、警察の対応や報道の遅れである。シュピーゲル誌によると、すでに2016年1月1日午後にはSNSで、難民申請者などから性犯罪の被害に遭ったことを示唆する書き込みが広まっていた。しかし、地元警察は当初、大みそかの治安はおおむね平穏だった、と発表していた。記者会見を開いて事件の概要を発表したのは、4日午後になってからだった。警察は政治的に微妙という理由で、容疑者の身元を意図的に報告書に記載しなかった。
難民の犯罪を報じないメディアへの批判も
全国メディアが報道を始めたのも、ようやく4日の警察記者会見からで、公共放送ZDFは、同日午後7時からのニュース番組でも事件を取り上げなかった。ZDFには「自分の政治的主張に適合するかどうかで記事を取捨選択するのは問題だ」などの抗議が殺到した。編集幹部は5日、「報道しなかったのは間違った判断だった」と謝罪した。
この事件を機に、ARDが報じる世論調査で、移民受け入れに対する肯定と否定の意見が逆転した。その後の調査では、受け入れ反対が、賛成を上回っている。最新の23年10月の調査では「移民は不利益をもたらす」が64%、「利益をもたらす」が27%だった。難民を積極的に受け入れるドイツは、ナチ・ドイツの過去を克服し、高い道徳性を持つに至ったのだ、とドイツ人自身が誇っていた。ドイツの「歓迎文化」(ドイツ語でWillkommenskultur)が人口に膾炙したが、この事件以降は鳴りを潜める。
右派政党拡大で進む政治の分断
外国人問題は政治の分断にも大きな影響を与えている。ヨーロッパの右派政党拡大の背景には、経済状況の悪化、長期化するウクライナ戦争、コロナ禍での陰謀論の蔓延などが考えられるが、主因は歯止めのない不法移民・難民増大への一般国民の怒りである。これまで内向するしかなかった、建前しか言わない既成政党、メディアへの不満が、急速に表面化してきた。情報空間をめぐる新たな状況にSNSが果たしている役割も大きいだろう。
一方、既成政党、既成メディアとその言語空間に生きる人にとっては、これら右派政党支持者は、依然として偏狭な排外主義者、遅れた人々である。双方が排撃しあい、別々の言語空間に立てこもる負のスパイラルが生まれている。ドイツをはじめヨーロッパ政治の対立は、日本より先鋭的である。










