100年前と比べると社会はマシ? 関東大震災があった1923年生まれは、太平洋戦争を経験(古市憲寿)

  • ブックマーク

Advertisement

 2023年は、関東大震災から100年に当たる。当時は「大正大震災」と呼ばれたように、大正12年9月1日に発生した地震で、死者・行方不明者が約10万5千人に及ぶ。

 この大正大震災の前後、大正11年、12年、13年生まれというのは、太平洋戦争での戦死者が最も多い世代なのだという(保阪正康『世代の昭和史』)。例えば大正12年生まれなら、日米開戦時に数えで19歳、終戦時には23歳。青春時代がそのまま戦争に重なった。学徒出陣によって、特攻隊員として命を落とした若者も多い。

 小説家の司馬遼太郎も大正12年生まれである。昭和18年に学徒出陣で入隊、敗戦を栃木で迎えた。戦後、「こんなばかなことを国家の規模でやった」と戦争を始めた軍人・官僚を厳しく批判している。

 今の日本には、明治40年代から令和時代に生まれた人々が住んでいる。誰一人として、自分で生まれる時代を選んだわけではない。その中でも、現代的な観点からいえば、大正12年前後生まれ(つまり今100歳前後の人々)は、最も凄絶な経験を強いられた世代といえそうだ。その意味で2023年前後の百寿の祝いは、格別の意味を持つ(おめでとうございます)。

 だが、これからの時代がどうなるかわからない。次の100年、この国はどうなるのだろう。極めて高い確率で、関東大震災規模の大地震は発生する。再びパンデミックが猛威を振るうかもしれない。昭和初期のように、政治テロが頻発する時代が訪れても不思議ではない。台湾有事などをきっかけに、日本が戦争に巻き込まれる可能性もある。

 現代や近未来の人々が、太平洋戦争ほどの「ばかなこと」を繰り返さないと信じたいが、コロナ騒動を振り返る限り、それは非常に心許ない。このように未来予想は悲観的になりがちだ。だが冷静にデータを見る限り、世界は豊かで安全で優しくなっている。

 天災は避けられないが、戦争は避けられる。各地で紛争は続いているが、1945年を最後に世界大戦は起きていない。ロシアのウクライナ侵攻でさえ、一定水準で理性や抑制は働いている。

 そして地震や洪水のような天災も、国の豊かさによって犠牲者の数は大きく変わる。現に自然災害による死亡率は激減し、何と100年前の6%になっている(ハンス・ロスリング他『FACTFULNESS』)。それは地球の気候が変わったからではなく、高度な医療体制や堤防などのインフラが整備されたからだ。

 いくら世界が不安に包まれているように見えても、2023年の世界は、1923年の世界よりははるかにマシである。平均寿命は延び、技術は発達し、生活は便利になった。今、関東大震災と同じ規模の震災が起こっても、犠牲者の数は少なく抑えられるはずである。

 2023年に生まれる子どもの多くは、100年後の2123年を見届けられるだろう。どうかその100年が幸せなものでありますように。ドラえもん(2112年誕生予定)もいるだろうし、大丈夫でしょう。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2023年1月5・12日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。