〈鬼畜にも劣る悪人…〉県警「捜査報告書」の呆れた中身【袴田事件と世界一の姉】

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 1966年6月、静岡県清水市(現・静岡市清水区)で起きた一家4人殺人放火事件で犯人とされ、死刑囚として半世紀近く囚われた袴田巖さん(86)の「世紀の冤罪」を問う連載「袴田事件と世界一の姉」。第17回は最新の動向に加え、逮捕された巖さんが「自白」するまでを取り上げる。【粟野仁雄/ジャーナリスト】

証人尋問実施も「安心できない」

 5月23日、東京高裁での第7回三者協議後の記者会見には、巖さんの姉・ひで子さん(89)はコロナ感染などを用心して上京せずに、浜松市の自宅からリモート参加した。

 西嶋勝彦弁護団長が、夏に高裁が弁護側の法医学者2人と化学者1人、検察側から法医学者2人を証人尋問する予定を明らかにした。小川秀世事務局長は「検察側証人への尋問は1人20分だけ。個人的には意を強くした」と話したが、西嶋団長は「尋問は前回、東京高裁でも行われたが、再審開始が取り消された。安心できない」と厳しい表情で引き締めた。

 検察が行なう、血痕の付いた布を味噌に漬けて黒ずみ方を調べる実験について、札幌の笹森学弁護士は「検察側証人の法医学者は自分で実験せず、検察官の実験を鑑定人が検証しているだけ。(血痕が)どんどん黒くなっているはずだが、裁判所は(証拠に付いた血痕の色とは矛盾した結果になったとしても)最後まで(実験を)見たがるでしょう」と話した。

 村崎修弁護士は「検察実験では赤みが残る条件は真空状態にした時だが、(犯行時の着衣が発見されたとされる)味噌タンクの味噌が真空になるなんてありえない」などと話した。「マスコミの皆さんが忖度しないで報道するかが問われている」と話し出すと、最年長の西嶋団長が「もういいだろう」と制した。

 ひで子さんのコメントは「再審開始に向かうなら嬉しいけど、裁判所の決定を見なくてはわかりません」と短かった。この後、村崎氏は「冤罪で裁判官がなぜ間違えるのかはプーチンがなぜ辞めないかと同じで……」とも語り出した。長い演説が始まると思ったのか西嶋団長は再び「もうそのへんで」。村崎弁護士は東京の公害訴訟や痴漢冤罪などに尽力してきた。小生は続きも聞きたかった。信念のベテラン弁護士たち。それぞれ個性豊かでいい。

 西嶋団長によると、7月22日と8月1日、5日に予定される証人尋問では、巖さんの保佐人を務める姉のひで子さんの傍聴について、高裁は前向きだった。再審請求審の証人尋問では、「布川事件」の杉山卓男さん(故人)や桜井昌司さん、「東住吉事件」の青木惠子さんなど、冤罪被害者本人が法廷で傍聴している。

 これまで、ひで子さんは、三者協議の時に高裁の建物に入っても『袴田巖さんを支援する清水・静岡市民の会』の山崎俊樹事務局長と共に室外で待たされて、協議には参加させてもらえなかった。

一挙一投足伝える報道

 1966年8月18日に任意同行され、午前6時ごろに清水署に到着した巖さんに対する取り調べの中心は、当時47歳だった松本久次郎警部(故人)。強盗殺人や殺人、放火などの凶悪事件を多く担当してきた男だ。すぐに取り調べが始まり、昼食休憩は1時間ほどで再開、午後7時32分に逮捕状が執行される。猛暑なのに冷房もない。取調側も大変ではある。

「逮捕から48時間以内」という刑事訴訟法の原則で、2日後の8月20日に巖さんは静岡地検に送検された。同法で認められる容疑者の勾留は最大20日間。この間に起訴できなければ釈放しなくてはならない。「自白させろ」が至上命題。タイムリミットは9月9日だった。

 1回目の勾留(10日間)が切れる2日前の8月29日、毎日新聞朝刊が「袴田の取調べ 第二ラウンドへ 31日に切れる第一次拘置期限」と題した記事を載せた。

《清水市横砂、こがね味噌製造会社専務、橋本藤雄さん(四一)一家四人強殺・放火事件の容疑者、袴田巌(三〇)が逮捕されてから二十八日でちょうど十日目。この間、袴田は捜査当局の鋭い追及に“カベぎわ”まで押されながら、いぜんとして口を割らず、雑談以外は一切“知らぬ存ぜぬ”をきめこんでいる。その“否認”の仕方も、調べが核心にふれると苦しげに黙りこむという消極戦法で、みずから“あかし”を立てて積極的に否認する態度はみられないという。「ウカツにしゃべったら死刑」という心理的恐怖から袴田を“内面硬直状態”においているともいえよう。(中略)

消極否認続ける
当局に自信 “ロープぎりぎり”

“袴田と捜査陣の対決”は十八日夜から始まり、そしていまもつづいている。袴田は逮捕された当時、かなり反抗的な態度を見せ「オレは犯人ではないからなにも知らぬ」「ここは静かだからよく眠れる。いつまでもおいてもらおう」と、高姿勢で先制をかけてきた。

 しかし、三日目の二十一日ごろから興奮もおさまり、よく雑談をするようになったが、調べが核心にふれると「オレのパジャマに他人の血液がつくはずがない」とか「アリバイはある。よく同僚を調べてくれ」の一点ばり。取調官の松本警部が「おまえのパジャマに被害者と同型の血液がついているのは事実だ。犯行当夜、寮にいた同僚もおまえを見ていないというがどうか」と突っこむと「だれかがおれを犯人に仕立てようとしている」と一時間近くも黙りこんでしまう始末。

 その半面、急に沈みこんで「おれは死んでしまいたい」ともらして調べ官をヒヤッとさせる。そして翌朝は「警察の調べはもっときついと思っていたが、意外に民主的ですねえ」などとケロッとする。その表情のどれがほんとうの袴田なのか、調べ官も異常な彼の性格に戸惑っているという。

 袴田のウソつきも相当なものらしく、雑談のなかで「ボクシングの選手当時、マニラに遠征したが、あのころが懐しい」とさも思い出にふける様子。刑事が調べたところ、袴田は一度も海外遠征に出かけたことはなかった。

「話がボクシングにふれると、まるで人が変わったようにしゃべりまくっているが、おそらく大半はウソだろう」と係官もあきれている。(中略)当局では「ロープぎりぎりまで追いつめており、容疑は動かせない」と自信を強めているが、袴田がいつダウンするか――すべては第二ラウンドの取調べと裏づけ捜査にかかっているようだ》

 取調刑事の名を出しての報道など、現在はほぼ考えられない。ある意味、今よりオープンだったが、それだけ当局に記者が取り込まれやすく、偏った記事にもつながる。

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