「働く」「学ぶ」「暮らす」と未来のオフィス――黒田英邦(コクヨ株式会社代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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 オフィスの重要性が再認識されつつある。効率や生産性向上はもとより、人材確保や会社へのロイヤルリティー醸成のツールになっているのだ。文房具で知られるコクヨは早くからオフィス家具を手掛け、オフィス空間の提案を主力事業とするようになった。そこから見えてきたオフィスの可能性とは。

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佐藤 ここが新たな働き方の実験場「THE CAMPUS」なんですね。2階のエントランスを入ると、植物に囲まれたロビーの中に半円形の受付があって、どこか高級ホテルのようでした。

黒田 「みんなのワーク&ライフ開放区」というコンセプトのもと、昨年2月にオープンしました。5階建ての北棟と11階建ての南棟からなり、南棟の一部は「ライブオフィス」として、弊社の社員が新しい働き方を実験、実践しているところをお客様に見ていただいています。

佐藤 どんな方が見学に来られるのですか。

黒田 経営者や総務、人事関係の部署の方々ですね。やはり「ニューノーマルの働き方はどうあるべきなのか」を、みなさん考えられている。コロナの影響で人数を絞っていますが、毎日のように見学者があります。

佐藤 やはり次代の働き方への関心が高まっているのですね。

黒田 いま働き方は、仕事と生活を上手に調和させる「ワークライフバランス」から、両者の垣根がない「ワークライフミックス」になろうとしています。これに伴い、オフィスは働く場所であると同時に暮らす場所にもなり、また毎日同じ場所で働く必要もなくなります。こうした流れを受けて、未来につながるオフィスを探求するのが、このTHE CAMPUSです。

佐藤 この部屋に来る途中、コクヨ株式会社の名前で「1級建築士事務所」のプレートがありました。企画から設計まで自社でされたのですか。

黒田 はい、自社で行いました。弊社は、1905(明治38)年に大阪で、商店が使う和式帳簿の表紙を作ることから始まった会社で、今でも多くの方には文房具のコクヨとして認知いただけていると思います。しかし現在は、文房具よりオフィス空間作りの事業の方が、売り上げが大きいんです。

佐藤 どのくらいの規模なのですか。

黒田 弊社はオフィス家具、文具事務用品、オフィス通販、インテリアリテール事業を展開しています。全体の売り上げは3千億円ほどで、オフィス空間関連の仕事は1300億円くらいです。

佐藤 4割以上ですね。外務省時代に備品の入れ替えをした際、庶務の職員とコクヨのカタログを見てキャビネットや椅子などをそろえたことを思い出しました。

黒田 一般のオフィスや学校はもとより省庁や自治体など行政関連でも、かなりのお仕事をいただいています。最近では、東京オリンピックの会場として新設された新国立競技場の観客席の椅子が弊社の商品です。

佐藤 緑や茶色などさまざまな色が組み合わされ、観客がいなくても人で埋まっているように見えると、話題になった椅子ですね。

黒田 そのほかにも、関東や関西の大手私鉄の駅で使われるベンチなども納めています。

佐藤 意外なところにコクヨ製品がありますね。キャンパスノートでなじみ深いコクヨは、BtoC(一般消費者向け)が中心ではないのですね。

黒田 文房具も元々はBtoBのオフィス納品向けの割合が多く、実はBtoCといった、お店で買っていただく商品の割合は、以前からそんなに大きくないんです。

佐藤 そうなのですか。街の文房具屋さんにはたいていコクヨの看板が掛かっていましたから、BtoCの印象が強かったのです。あれはフランチャイズ契約のようなものですか。

黒田 特別な契約関係にはありません。文房具は、製造、卸、小売りの3段階の業界で、卸屋さんとは契約を結んでいます。その卸屋さんに全国の販売店さんへ看板を配っていただきました。弊社は早い時期から、卸屋さんが弊社の物流システムに直接オーダーできるようにし、流通段階で大きな在庫を持たなくていい仕組みを作りました。ですから、卸屋さんとは密接な関係があります。

佐藤 あの看板が掛かっていると、すぐ文房具店だとわかります。

黒田 それは非常にありがたいことです。昔は街の文房具屋さんが、お店で売るだけではなく、近所のオフィスに文房具や事務用品のご用聞きをして回られていました。弊社はそうした小売店、卸売店に支えられて、高度成長期に総合文具メーカーとして大きく伸長できたのです。

佐藤 オフィス家具が大きなウエートを占めるようになったのは、いつ頃からですか。

黒田 私の父の代ですね。父は1989年に社長になりましたが、その頃には世の中にモノがたくさん溢れていて、文房具の品ぞろえや安さ、お届けする速さといった強みでは勝負できなくなっていました。オフィス事業自体は、1969年に大阪に新本社ビルを建てた際、実際にコクヨ社員の働く姿を見ていただく「ライブオフィス」の取り組みを開始していて、今も続くその取り組みは、オフィス家具事業の飛躍の要因になったと考えています。

佐藤 そこにTHE CAMPUSのルーツがある。

黒田 その後、1986年に「オフィス研究所」を設立し、働き方の研究、提案を始めます。そこでハードを売るビジネスから、オフィスをゼロから作り替える空間構築のサービスに力を入れていったんです。

佐藤 黒田社長は創業家の5代目ですね。どんな部署で仕事をしてこられたのですか。

黒田 私は2001年に入社して、そのオフィス家具部門に配属され、まず法人営業から始めました。そして2009年にオフィス家具の製造責任者となった。当時はリーマンショックの直後でオフィス需要が減り、40億円近い赤字でした。一度は会社のお荷物的な部署となったのですが、何とか黒字化にこぎ着け、いまは収益の柱に成長しています。

佐藤 コクヨのオフィス家具は耐久性に優れています。だから、不況時にはなかなか買い換えませんよね。

黒田 そうですね。いまのオフィス家具は、素材や加工技術の進化により大変優れた品質を持っています。私どもは、お客様のオフィスで組み立てることまでが我々の役目だと考えています。そこまで携わることで、精度も高まり、非常にクオリティーの高いものになります。

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