競輪、酒、ドヤ街、そして歌…フォーク・シンガー「友川カズキ」が語る川崎の姿

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2021年07月10日

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競輪場に通う異形のフォーク・シンガー

 人口150万人を擁する大都市・川崎。飲む・打つ・買うが揃う繁華街をヤクザが闊歩し、町工場が立ち並ぶ多文化地区で貧困が連鎖する市の最南部では、2015年に起きた3人の少年が中1を殺害した陰惨な事件のほかにも、ドヤ街での火災、ヘイト・デモといった暗い事件が続く。一方、音楽の街とも言われる川崎にはフォーク・シンガーとして国内外で高く評価される友川カズキも住んでいる。40年以上前に、故郷・秋田から上京し川崎南部に流れ着いたという友川から見た街の姿とは――。日本の未来の縮図とも言える都市の姿を活写して話題の『ルポ川崎』(磯部涼・著、新潮文庫刊)から「第12話 競輪狂いが叫ぶ老いゆく街の歌」を紹介する。

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 そこは、ネズミ色の世界だった。JR川崎駅の東口を出て、繁華街から工場地帯に向かって延びる通称・市役所通りを1キロほど歩くと、川崎競輪場にたどり着く。エントランスは平日の昼間だというのにごった返しているが、そこにいるほとんどが老人だ。みな、一様にくすんだ服装をしており、見分けがつかない。

「こっちこっち!」

 そのとき、よく通る声で呼び止められた。振り向くと、ネズミの群れの中に野犬のような鋭い目つきの男が立っている。

「ここにはよく来るのかって? くだらないこと聞かないでよ」

 異形のフォーク・シンガーとして、そして、ギャンブラーとして知られる友川カズキは、秋田なまりを残した口調でそう言うとこちらを睨(にら)んだ。たじろいだ次の瞬間、彫の深い相好(そうごう)を崩していたずらっぽく笑う。

「あのエレベーターなんて私が負けた金でつくったんじゃないかな」

 トレードマークの中折れ帽の背後、空は青く澄み渡っているが、スタンドは相変わらずのネズミ色。一方、バンクでは、選手たちが力強く風を切っている。

「競輪選手には休みがあるのに、レースは365日、どこかしらでやってるんで、競輪ファンには休みがない。不平等でしょう? 『ゴキブリが走ってても金賭(か)けたくなる』って言う人がいるぐらいだから、ちょうどいいけどね」

 日に4箱は吸うというチェイン・スモーカーの友川は、新たなタバコに火を点(つ)けながら饒舌(じょうぜつ)に語る。

「ただ、競輪で身を崩したことはない。というか、もともと身を崩してるから。金持ちは破滅するんですよ。私は元に戻るだけ」

 晩秋の乾いた空気に打鐘(だしょう)が響き渡り、選手たちがラスト・スパートに入った。

川崎駅西口で暮らす

 川崎駅はそれだけでひとつの街のようだ。2006年に完成した西口直結のショッピングモール〈ラゾーナ川崎プラザ〉は猥雑(わいざつ)な土地のイメージをリニューアル、多くの買い物客を呼び寄せたが、彼らは広大なフロアをめぐるだけで満足して去ってしまう。もしくは、新しい住民が帰っていく周囲のタワーマンションは、ビル風のエアカーテンでその向こうに広がるふるびた住宅街をないものとしている。

〈ラゾーナ〉が建っているのは東芝の工場の跡地であり、また、ほど近い複合ビル〈ソリッドスクエア〉が建っているのも明治製菓の工場の跡地だ。川崎駅西口は、高度経済成長期につくられたいわゆるマンモス団地の河原町団地を象徴として、かつて、工場で働く労働者のための住宅地として活気に溢(あふ)れていた。しかし、現在は河原町団地の住人も高齢化が進み、デイケアの送迎車が目立つ。15年に入居者への暴行と過去の不審死が発覚した老人ホーム〈Sアミーユ川崎幸町〉があったのも西口側で、同施設は名前だけを変えて営業を続けている。友川カズキが住む、築40年近い木造のアパートもその一角にある。

「寿司(すし)、食っちゃってください。次は鍋(なべ)がいきますからね」

 友川の声がするが、日当たりの悪い部屋の奥にある台所は真っ暗で、手前の壁に立て掛けられたガット・ギターだけが見える。近所のゴミ捨て場から拾ってきて以来、歌をつくるのに使っているのだという。

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