天皇さえも必要とした「後ろ盾」の力 事務所独立の場合は…(古市憲寿)

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 芸能人が事務所を離れ独立する事例が相次いでいる。その時に話題に上るのが、誰が後ろ盾になるか、ということだ。

 独立するほど人気もパワーもある芸能人なのだから、後ろ盾など必要ないと思ってしまうが、必ずしもそうではない。現に「干される」という現象がある。公正取引委員会など国の介入もあり、昔のように露骨な嫌がらせはないだろうが、大人の世界は往々にして「忖度」で動くものである。

 そんな時に頼りになるのが後ろ盾だ。「あの人がバックにいるなら友好的にやろう」「不祥事を起こしても何とかしてくれるだろう」と、一気に仕事が頼みやすくなる。ある大物芸能人が大手事務所から独立する時にも、大物財界人に相談があったらしい(週刊誌なのに実名を出せなくて申し訳ない)。

 もちろん、本人に余人をもって代えがたい才能がある場合は別だ。しかし残念ながら「代えがたい」人などあまりいない。芸能界には常に新人が供給され続ける。俳優だろうがタレントだろうが、すぐに代わりの誰かは見つかるものである。本当にリスクを冒してまで、起用したい人物など一握りだろう。

 この話は芸能界に限らない。組織を離れて働くことが称賛されて久しいが、本当の自由人はなかなかいない。自由であるはずの彼らは、大抵「東大卒」や「元電通」といった形で、学歴や経歴を安心材料に使っている。

 歴史を振り返ると、天皇でさえ常に後ろ盾を必要としてきた。

 たとえば古代の天皇(大王)は、自らが中国の「家来」であることを積極的にアピールした。たとえ臣下であっても、巨大国家である中国に認められたという事実が、国内での威信を高めたのである。

 時代は下り、中世の天皇にとっては将軍が最高の後ろ盾だった。14世紀、後円融天皇は皇位継承者の決定を将軍である足利義満に頼もうとした。義満の決定とすることが、権威付けになると考えたのだ。

 結局、天皇が意中の後継者を選ぼうとすることに、義満は「私がいる限りはご安心下さい」とお墨付きを与えている。中世における天皇と将軍の関係がわかって興味深い(桃崎有一郎『室町の覇者 足利義満』)。ちなみに後円融天皇はその後、義満に恋人を寝取られ(真実は定かではない)、精神を病んだといわれる。

 人間の社会とは、こうも変わらないものかと思う。これからの時代も、庇護者は必要とされているのだろう。ただしそれが生身の人間であるとは限らない。

 テクノロジーが後ろ盾代わりになる時代が来るのかも知れない。遺伝子情報や行動履歴を総合的に評価し、AIがお墨付きを与えてくれるというわけだ。そのAIの後ろ盾が示す信用度と保険制度などが連動すれば、もはや人間の後ろ盾は必要ない。

 しかし昔も、人間以外を後ろ盾にする場合があった。私有地を守りたい時、「神様のもの」とすることで、外部者の侵入を防いだのだ。本当に人々がAIを信頼するようになると「AIのお墨付きを受けている」と嘘をつく人が増えるのかもね。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

週刊新潮 2020年10月1日号掲載

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