無意識に「敵」を作る最悪の「余計な一言」とは?

社会

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 友人や同僚の何気ない一言に、カチンと来たりイライラさせられたり……。そんな経験は誰しも持っているだろう。ということは、逆に自分自身がそういう「余計な一言」を発して、知らないうちに敵を作っていることも十分ありえる。

 明治大学教授で、現在は情報番組「あさチャン!」(TBS系)でMCも務める齋藤孝さんが、こうした一言についての本を出版した。タイトルは、そのものズバリの『余計な一言』。

 齋藤さんが取り上げた、人間関係を悪くする「余計な一言」を同書から紹介してみよう(以下、コメントは同書より)。

【1】「だって」「でも」「ただ」

 妻「あなたの今日の態度、一体何なの」
 夫「だって、あの時は……」

 逆接に用いる接続詞が、悪い口癖のようになっている人は多いが、こういう反応を常にする人とは何となく話をしたくなくなってしまうものだ。たとえ相手の意見に反論したい場合でも、逆接の接続詞を乱用するのは考えものだ、と齋藤さんは指摘している。

「そもそも、反対意見を出して検討し合うことが、心理的に受け入れられない人が日本には多い」

 逆接の接続詞のために、意見そのものが聞き入れられないこともある。たとえ反対意見を出すにしても、いったんは「なるほど」「そうですね」といった順接のニュアンスを持つ言葉で相手の意見を受け止めてから言ったほうが、議論がスムーズに進むという。

【2】「あと」の無間地獄

 部下「~ということでした」
 上司「ああ、お疲れ様」
 部下「あと、そういえばその時こんなこともありました」
 上司「ああそう。わかった」
 部下「あと、そのやり方についてはいくつか注文がついています」
 上司「それは対応しないとね」
 部下「あと、それに関連して……」

 「あと……」が延々と続いて、いつ話が終わるか分からない。実はこれが齋藤さんが最も迷惑だと感じている「余計な一言」だという。取材などを受ける時、終わりが見えなくて困惑することも多いからだ。

「私は『あと』という言葉を、『人間の成長度を測るバロメーター』にしています」

 「あと、あと」と一番言い続けるのは小学生で、社会人になってもその癖が抜けていないのは、精神的に幼く、社会性が希薄な可能性があるという。

【3】下手な毒舌

 結婚式の祝辞などで、余計なギャグ、それも毒舌を交える人は多い。しかし、往々にしてスベってしまい、場が盛り上がらないものだ。なぜこんなことになるのか。齋藤さんは、毒舌の難しさを指摘している。

「『話に毒を入れる』際には、少量で効き目のある毒を入れる必要があるのですが、実はこれはとても難しい技術なのです」

 ついつい、自分のスピーチで笑いを取りたくなる気持ちもわからないではないのだが……。

「毒を入れずに無難な挨拶で終わっても誰も傷つきません。しかし毒を入れて笑いが取れなかった時には、挨拶した方も、された方も、大きな傷を負うのです。
 こういう痛い思いを、トップの芸人であるビートたけしさんや、松本人志さんや、有吉弘行さんは、みんなたくさん経験してきたからこそ、現在があります。その痛みから学び、上達してきているわけで、毒舌は完全にプロの技術なのです」

 齋藤さんは上の3つを含む28の具体的なケースをもとに、「余計な一言」の傾向と対策を示している。SNSなどで発信の機会も多い現代人にとっては、余計な一言を安易に発しない「ディフェンス力」を身につけることは必須だと言えるだろう。

デイリー新潮編集部