「防疫で世界を先導」と胸を張る文在寅、「反面教師に」と冷ややかな安倍晋三

鈴置高史 半島を読む 国際 韓国・北朝鮮 2020年5月11日掲載

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 韓国の素晴らしい防疫体制に世界は学べ――との主張は正しいのだろうか。韓国観察者の鈴置高史氏が実態を解き明かす。

大邱を武漢と同列に扱う

鈴置:安倍晋三首相が「韓国の防疫の失敗を反面教師にしたい」との趣旨で発言しました。4月29日、参議院の予算委員会で白眞勲議員の「新型肺炎に関し、韓国とはどう協力するのか」との質問に対し、以下のように答弁したのです。

・韓国との関係におきましてもですね、新型コロナウイルス感染症についてはまず、武漢で、中国で多くの感染者が出て爆発的な感染拡大がありました。その後、韓国において大邱(テグ)を中心に多くの感染者が出たのは事実であります。
・そのなかで当然、情報を共有していく、そのなかで彼らが今までの経験で持っている知見を共有していくことは、極めて今後の日本の対応にとっても有利なことであると私は思っています。

「わが国は世界で一番、上手に新型肺炎を抑制した模範国」と韓国人は信じています。5月10日、文在寅(ムン・ジェイン)大統領も就任3周年特別演説で「我々は防疫で世界を先導する国になっています。K防疫は世界標準になったのです」と国民に呼びかけるなど、国を挙げて有頂天です。

 白眞勲議員は「韓国の成功に学べ」と言いたかったようですが、安倍首相は大邱を武漢と同列に扱い、「韓国の失敗から学ぶ」と答えたのです。

安倍は白旗を掲げた

――韓国メディアは怒らなかったのですか?

鈴置:怒るどころか「ついに、安倍が韓国に白旗を掲げた」とのノリで報じました。ハンギョレの社説「安倍首相、今になって『韓国と新型コロナ対応で協力』言及」(5月1日、日本語版)が典型です。

 この記事は「大邱での医療崩壊」に安倍首相が言及した事実を無視しました。韓国紙、ことに政権に近い左派系紙にとって、医療崩壊は「なかったこと」になっているのです。ポイントを引用します。

・日本の安倍晋三首相が先月29日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)事態以後、初めて「韓国との協力」に言及した。参議院予算委員会で立憲民主党の白眞勲議員の質問に「韓国と引き続き新型コロナウイルス感染症対応において協力したい」、「韓国は隣国で重要な国」と返答した。
・安倍政権はこれまで韓国のCOVDI-19防疫の成功を無視し、韓国をこき下ろすことに汲々としていた。日本の政府とメディアは、事態の初期に自国の対応を自画自賛し、韓国が「医療崩壊」状況に陥ったと主張した。

医療崩壊は起きなかった

――確かに、「韓国は医療崩壊を起こしていない」との前提で書いています。

鈴置:だから、「韓国を他山の石に」との安倍発言も、「日本が韓国に助けを求めてきた」ことにしてしまったのです。ご丁寧に「安倍が助けを求められない理由」まで想像して書き込んでいます。

・東京五輪延期発表後、日本国内の感染者が急増する状況で、韓国政府は日本政府が要請すれば医療用品の支援を検討することができるとの立場を明らかにしたが、日本政府は助けを要請するのをはばかってきた。
・危機のたびに「嫌韓カード」で支持率を高めてきた安倍首相は、韓国に助けを要請する場合、保守支持層が反発するだろうという負担感を持っていたようだ。

――しかし、いくら何でも「あったこと」を「なかったこと」にしてしまうとは……。

鈴置:韓国の防疫体制も、韓国人の能力も世界一である――と威張りたい。でも、普通なら「医療崩壊が起きた」事実が邪魔になります。

 ところが韓国は、嘘でも大声で言えば本当にできる国です。そこで韓国メディアは「医療崩壊など起きていない」「医療崩壊説は日本のねつ造だ」と執拗に書くのです。

韓国の顔色見る日本の専門家

――日本の韓国専門家の中にも「韓国で医療崩壊などなかった」と主張する人がいます。

鈴置:韓国の空気の変化を読んで「なかった」と言い出したのでしょう。知り合いの韓国人の主張をそのまま受け売りする専門家が実に多い。韓国政府から様々の名目でカネをもらっている人もいます。

 世の中の人は専門家の発言を信じがちです。でも、研究対象と深い利害関係を持つからこそ、専門家は本当のことを言わないものなのです。

「『医療崩壊』の定義が不明なので判断できない」と逃げる専門家もいます。医学の世界でしっかりとした定義はないようです。でも、大邱広域市とその周辺の慶尚北道(キョンサンプクト)で、2月中旬以降に起きた現象を調べれば「医療崩壊」と呼ぶほかありません。

 新型肺炎の患者で病床は埋まり、重篤な人も入院できずに自宅で死んでいく。一方、医師や看護師も新型肺炎に罹り、病院の機能がどんどん低下した。これが大邱の現実でした。

 大邱での感染爆発が確認されたのが2月19日。2週間もたたない3月1日までに、重篤な症状でありながら入院できず、自宅で亡くなった人が4人に達しました。

 朝鮮日報の「症状がなくても陰圧病床…その間に重症の4人が入院もできずに死亡」(3月2日、韓国語版)が報じています。

 3月1日に韓国政府は方針を転換。症状のない人や軽症の患者を新設の「生活療養センター」に移し、重症患者を病院に収容しようとしました。しかし、患者は増え続け、思うようにはいきませんでした。

 聯合ニュースの「コロナ19で41人が死んだ大邱…医療システムが最大限作動せず」(3月10日、韓国語版)が大邱市の発表を伝えています。以下です。

・3月9日午後5時現在で大邱市が確保した病院のベッドは2641床。一方、新型肺炎に感染したと確認された人は5663人。
・そのうち、2198人が病院に入院し、1888人が10か所の生活療養センターに収容された。自宅で待機する人は1422人。重症で入院が必要な304人もこれに含まれる。

医師も多忙で卒倒、感染して死亡

――「医療システムが最大限作動せず」とはおとなしい見出しですね。

鈴置:重症なのに入院できない人が304人もいるのですから「医療崩壊」と書くところでしょう。聯合ニュースの資本は間接的な形ながら韓国政府が所有しています。文在寅政権が嫌がる見出しは立てにくかったと思われます。

 大邱では重症患者が入院できなかっただけではありません。医療関係者が新型肺炎に感染し、病院がマヒするという意味での「医療崩壊」も起きました。

 韓国政府の中央防疫対策本部は3月28日、「3月24日午前0時までに医療関係の感染者数は121人。すべて大邱で発生し、医師が14人、看護師と看護助手はそれぞれ56人、51人」と発表しました。

 news1の「『コロナ19』に感染した大邱の医療陣、34人が新天地関係者…感染経路の『糸口』か」(3月28日、韓国語版)が伝えました。

 うち1人の医師は4月3日に亡くなりました。武漢と同じように、韓国でも新型肺炎によって医療関係者から犠牲が出たのです。

 新型肺炎の患者116人を収容する慶尚北道・浦項(ポハン)市の病院では、2月末に100人中16人の看護師が退職したため、病棟の半分を閉めざるを得ませんでした。

 朝鮮日報の「患者を診る医師も卒倒…看護師『使命感だけでは持たない』」(3月2日、韓国語版)によると、防護服を着てケアするという重労働のうえ清掃担当者の役割も振られ、看護師は疲れ果てていました。病院に泊まり込みを余儀なくされたため、自宅に戻って子供の面倒も見られなくなっていたのです。

 大邱や慶尚北道では新型肺炎を担当しない病院も「崩壊」を警戒。その余波で、3月18日に17歳の高校生が肺炎で亡くなりました。同月12日に発症し、すぐに病院で診察を受けましたが、新型肺炎の疑いがあるとの理由で入院を拒否されたのです。

 母親の嘆きを報じた朝鮮日報の「死亡した大邱の17歳、コロナは最終的に陰性判定…最初に行った病院はコロナの疑いで入院させず」(3月20日、韓国語版)は読者の涙を誘いました。

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