座頭市はゴジラのように歩いていた――“音楽家”勝新太郎を見抜いていた伊福部昭

湯浅学の「役者の唄」 エンタメ 芸能 2020年4月15日掲載

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湯浅学「役者の唄」――勝新太郎(6)

 音楽評論家の湯浅学氏が、勝新太郎の音楽家としての魅力を繙く。「座頭市」と「ゴジラ」という、一見つながりはないように思えるふたつの作品に共通点を見出したという湯浅氏、そのココロは……。

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勝新の三味線

 勝新がこの世を去り、追悼するテレビ番組がいくつか放送されたが、その中に、「題名のない音楽会 『音楽家・勝新太郎を偲んで』」というプログラムがあった。放送は1997年7月27日、勝新逝去の約1カ月後だった。

 司会は永六輔、コメンテーターとして映画評論家の白井佳夫と勝新の三味線の兄弟弟子である杵屋勝錦吾が出演している。映画の中の勝新を語る、というより、音楽家としての非凡さを伝えようとの意図による構成で、勝新がかつて、82年1月10日放送のこの番組に出演した時の映像を見直すのが主となっている。ここでは、「マイ・ウェイ」を歌う姿と、三味線でオーケストラと共演(演奏・東京交響楽団、指揮・岩城宏之。曲は「滝流し」)した勝新が見られた。

 82年放送時の司会は黛敏郎。彼は勝新が三味線の名取りであることを知らなかったので、勝新の演奏を目の当たりにしてたいそう驚いていた、と永が伝えている。黛は多くの映画音楽を手がけているが(個人的には川島雄三監督の「女であること」が妙に印象に残っている)、不幸にして勝新作品はなかった。

 白井と永は、勝新の自在性を語った。出演時にも助演し、数々のステージを共にしてきた勝錦吾は「あの人は全然練習しないんですよ」と発言し、笑いをさらっている。勝新が前にいるとオーケストラがひときわ小さく見えた。演じているのではなく勝新はひたむきに演奏していた。

 歌う映画スターとしても遅咲きだったから、(歌のほうの)「座頭市」がヒットする以前の音楽活動は長く忘れられていたようなものだった。

 森一生がこんなことを言っている。

「(森が監督した)『花ざかり男一代』(55年)のときに三味線を生かしたんですけど、とってもいい音がするんです。三味線がこんないい音色を出すのかとびっくりするほど、うまいんですなあ」(『森一生 映画旅』所収)

 道楽で弾けるようになったのとは違う。音楽的才もある、というレベルではない。幸い勝新の三味線と小唄、端唄は「遊びばなし~うたとはなしと三味線と」で今も聴くことができる。

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