投資詐欺で破産同然、政界で活躍後に服役… 著作は累計3億部以上の売り上げ 成功と転落を繰り返したジェフリー・アーチャーの波瀾万丈過ぎる人生
物故者を取り上げてその生涯を振り返るコラム「墓碑銘」は、開始から半世紀となる週刊新潮の超長期連載。今回取り上げるのは、10月5日、86歳で逝去した、作家のジェフリー・アーチャー氏。
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著書は世界約120カ国で合計3億部以上が販売された。若き頃に国会議員として脚光を浴びる中、投資詐欺に遭い破産同然に。万策尽き、元手要らずの稼業として浮かんだのが小説の執筆だった。
1976年のデビュー作『百万ドルをとり返せ!』。だまし取られた金を被害者が協力して奪回する痛快な展開でベストセラーになる。著作はほぼ新潮社から刊行されてきた。翻訳を手がけてきた永井淳氏が他界し引き継いだ戸田裕之氏は言う。
「ジェフリー・アーチャーさんの作品は予想のつかない展開をします。一見脈絡のなさそうなエピソードが入り、しばらくするとこういうことかと膝を打つ。書くテーマに困ったことがないとおっしゃるほどアイディアが湧き続けている様子が伝わってきます。聖書、シェイクスピアや有名な詩人の引用は日常茶飯事、政治家の演説の一部がさりげなく援用されている時もある。運命に翻弄されながらも人生を切り開く登場人物の姿が特に印象的です」
文芸評論家の権田萬治氏も思い返す。
「簡潔な言葉で場面展開が速く、読者を飽きさせない。残虐さや性的な表現で読者の気を引くようなことはせず、一貫して良質なエンターテインメントを届けた」
史上最年少の29歳で下院議員に
40年、ロンドン生まれ。オックスフォード大学在学中から国政への野心を隠さず、69年、保守党から下院議員に初当選。当時29歳、史上最年少の下院入りで本気で首相が目標だったが投資詐欺で暗転。74年の総選挙は出馬を断念した。
急ぎ過ぎた男と揶揄されるも、先述のように『百万ドル~』で無一文から奇跡的に復活。同じ日に生まれた二人の対照的な人生の交錯を描く『ケインとアベル』(79年)、英国首相を目指して鎬(しのぎ)を削る議員の姿がリアルな『めざせダウニング街10番地』(84年)など世界的ヒットを連発し、英国を代表する作家に。
時のサッチャー首相は元保守党議員たる彼の人気を見逃さなかった。85年、党の副幹事長に抜てきし、集会の演説などで重用した。
サッチャー首相の懐刀として政界によみがえったその翌年、買春疑惑が大衆紙に報じられる。新聞を名誉毀損で訴え勝訴したものの、党の職を辞している。
2001年から2003年まで服役
約40年にわたり親交の深かった国際経営コンサルタントの植山周一郎氏は言う。
「自身のことを“ライターと呼ばないでくれ、私はストーリーテラーだ”と言っていました。違いは何ですか、と問うと“ライターは頭が良く美しい文章を書く人。私の場合は、読み始めた読者が止まらなくなり次から次にページをめくりたくなる文章なんだ。単純に楽しんでもらえればいい”と説明してくれました」
自信満々な風貌と裏腹に、
「20回以上推敲を重ねていました。独り善がりにならないために編集者の意見は辛辣(しんらつ)なほどありがたいと言う。ソニーの盛田昭夫さんを尊敬し、作中に登場させた時、“日本人の描き方としておかしな点はないだろうか”と私に聞いてくるほど謙虚な人でした」(植山氏)
92年、爵位を世襲できない「一代貴族」として上院議員に。99年にはロンドン市長選の保守党候補に選ばれた。しかし、かつて勝訴した名誉毀損裁判で友人に偽証を依頼していたことが明るみに。司法妨害罪などで2001年に有罪判決。03年まで服役している。
「おかげで服役中、接点のなかった人々と会えたと言っていました」(植山氏)
10月5日、86歳で逝去。翌日は新作の刊行日だった。
「亡くなる数日前にも電話で話をしました。新作の見本を読んだ批評家の反応は良好だ、本を送るといったごく普通のやりとりです。才能があってもエネルギーがなければ何も成し遂げられないといつも言っていたアーチャーさんは、成功、転落、復活を繰り返すエネルギーの塊でした」(植山氏)


