【特別読物】「救うこと、救われること」(19) 朝比奈秋さん
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朝比奈秋さんは、医師で作家という経歴の持ち主です。物語を思いつくようになって医師から作家に転身し、芥川賞、三島賞など多くの文学賞を受賞しました。ここに到達するまでに心身の苦しみを経験し、そこから学んだことが多くあるといいます。
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どこにでもいるごく普通の子供でしたが、交通事故に遭ったり、病気をした経験から、病気とはなんだろう、命とはなんだろう、自分とはなんだろうと、哲学的、宗教的なことを思索するようになりました。
周囲の大人たち、家族や先生に質問したこともありますが、納得できる答えは返ってこなかった。考えすぎとかわされたりして、子供ながらに失望し、二度と聞きませんでした。
医者は業の深い仕事
自分で哲学書や宗教書を読んでいました。医学部に進学したのも命や生や死について学べるかなという思いがあったからです。しかし、医学部は命を科学的にミクロな身体的メカニズムから追求するところで、哲学するところではなかった。間違えたと思いましたが、他に進みたい学部もなく、結局、辞めずに卒業して消化器内科医になりました。
哲学的、宗教的な探求は個人的にしていくしかないと腹をくくりましたが、実際に医者になってみると、いろんな人間の節目に遭遇しました。ある人は助かり、ある人は苦しみながら死んでいく。同じがん患者でも健やかに死を迎える人もいる。人間的な学びにはなりましたが、悩みは深くなりました。
医者の一番の仕事は治すことなのに、僕は治っても心から喜べない。治らなかった人のことが気になるし、苦しんで死んでいった人のことが気になってしまう。医者同士で腹を割って話すことも出来ず、一人で悶々としていました。
人工肛門の手術中でも精神的に苦しかった。人様のお腹を切って腸を切ってつないで人工の肛門を腹部につくるのですが、人間の尊厳を考えるとそれでいいのだろうかと思う。「医者とはなかなか業が深い仕事やな」と思うわけです。「命が助かるためにはそこまでせなあかんのか」と。そういう苦しみから生まれた小説が『私の盲端』です。
その後、月間の残業時間が300時間を超える労働の極点というような生き地獄を経験しました。
極限を経験して見えたもの
「誰の命も見捨てない」とあらゆる患者を受け入れる病院で、医者が眠る暇がない。心身の限界の状態で目の前の患者を診察し、手術もしていました。その経験から『受け手のいない祈り』という小説を書いたのですが、あの時期にいろいろなものが変化しました。
あまりに忙しく寝る時間がなく、エレベーターの中で立ったまま寝てしまうほどでした。そういった状態が一年半ぐらい続くと、自分が今、起きているか寝ているかわからなくなってくる。睡眠と覚醒の境界がなくなると、過去と未来、彼岸と此岸、自己と他者など、他の対立しているものも混じりはじめる。それはどうしようもなくしんどいことでしたが、かわりに今までの哲学的宗教的な迷いはなくなりました。
精神も肉体はボロボロになりましたが、自分の哲学性や宗教性を推し進めるには十分な体験でした。しかし30歳のときのこの体験で、僕の人生は終わったと感じました。それ以降は余生だと。そうしたら、35歳の時に物語を思いつくようになりました。
100を超える物語が降臨
胃腸の論文を書いていたとき、木こりと聖者の話が浮かびました。仕事にならないし、仕方がないからその話を小説として書いたら400枚になった。ダムが決壊したような勢いでした。半年後に100枚の短編が2つ出来たので、直近にあったすばる文学賞に応募してみました。すると、1400作の中の28作まで残った。そこで初めて作家という仕事を意識するようになりました。
書くよりも思い浮かぶほうが早いので、パソコンの中に100以上のストックがあります。1年間書き続けても完成できる作品はせいぜい1作か2作ですから、一生掛かっても書き切れない。膨大な借金を背負っているようでうんざりします。
それでも作家として賞をいただいたことで環境は変わりました。小説を通して、人間の業を探求できる環境に恵まれたことに感謝しています。苦しい時期に唯一の希望になったのが、ベートーヴェンの「第九(交響曲第9番)」であり、「運命(交響曲第5番)」でした。
20代後半から難聴に苦しんだベートーヴェンは、死を考えるほど苦しみ、その苦しみを乗り越えて「運命」を作曲したのではないか。40歳の頃には耳は完全に聞こえなくなってしまうのですが、音楽家として絶望的な情況にありながら、「第九」を発表しています。僕は、耳が聞こえなくなったのに「歓喜」なのかと衝撃を受けました。生きていれば、苦悩の先に無条件の喜びに到達することが出来るのか、と。
今は完全に生活の軸足は作家業にあります。患者を治療する生活から、人間の業や祈りについて書く生活に様変わりしました。そういったなかで、ベートーヴェンの作品が人間賛歌と言われ、彼が「不屈の音楽家」であり「楽聖」と呼ばれる理由が自分なりにわかるようになりました。
■提供:真如苑




