「指揮者なんて要らない」そう思っていた音楽少年を一変させた「超有名な指揮者」の魔法

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 音楽学の第一人者として知られる、京都大学名誉教授の岡田暁生(あけお)さん。中学の時からオーケストラ部で熱心に活動したが、当初は「指揮者は本当に必要なのか?」と疑問に思っていたという。

 しかし、高校1年の時、「指揮者は絶対に要る」と思うようになる決定的な出来事が起きた。学校のオーケストラ部が、人気テレビ番組に出演した際に、超有名な指揮者の指導を受けたのだ。はたして、その時に受けた衝撃とは――? 岡田さんの新刊『指揮者の歴史』(新潮選書)から、一部を再編集して紹介しよう。

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メトロノームで足りる?

 指揮者はどうして居る/要るのか?──私は中学のときにオーケストラ部(珍しくそういうクラブがある学校だったのだ)に入り、それから音楽に熱をあげるようになったのだが、当時からこれが不思議でならなかった。

 思春期の愚直さでもって、あれこれ理由を推測した。そして「きっと指揮者は拍子を合わせるために居る/要るのだろう」と考えた。人間メトロノームのようなものとして居る/要るのだと思ったわけである。

 しかしこう考えると次に、どうして機械ではなくて人間でなければいけないのか、ますます分からなくなってきた。純然たる「合わせ」が目的なら本物のメトロノームの方が効率的なのではないか? そもそも拍をいちいち指揮者が勘定しなくても合わせられる部分はいくらでもあるのに、どうして指揮者は曲の最初から終わりまで、いちいちすべての拍子を叩くのだろう? 指揮者が「要る」のは複雑な箇所だけではないか? プロのオーケストラともなれば指揮者が居なくてもほとんど合わせられるのではないか? どんどん疑問は広がっていった。

■抑えが効く指揮者

 だが高校に入るくらいになると、「やはり生身の指揮者は『要る』のかもしれない……」と考え始めもした。きっかけのひとつは文化祭のクラス対抗の合唱コンクールだった。誰が指揮者をやるかにより露骨に出来が変わってくるのを目の当たりにしたのである。

 なにせいたずら盛りの悪童の集団(しかも男子校)だったから、下手をすれば練習などマトモに出来なくなる。誰も指揮者の言うことなど聞かず、私語に夢中になって学級崩壊状態になるのだ。「音楽性」などより「抑えが効いていること」こそ、指揮者の絶対条件なのだと私は学んだ(ちなみに私は指揮者ではなくクラス責任者というものを毎回やっていたのだが、恐らく「音楽に合わせて派手に恰好をつけてみせるなんて恥ずかしいことをするのはイヤだ」という忌避感が働いていたのだと思う)。

『オーケストラがやって来た』出演の衝撃

 生身の指揮者は「絶対に要る」と思うようになった決定的な出来事は、高校1年生のときに起きた。所属していた学校のオーケストラ部が、当時の人気テレビ番組『オーケストラがやって来た』に出演したのだ。

 私たちが演奏したのは番組のテーマ曲のヨハン・シュトラウス二世『常動曲』とドヴォルザークの交響曲第八番だった。私は第二クラリネットであった。指揮してくれたのは番組の顔ともいうべき司会者の山本直純氏。このときは本当にびっくりした。目から鱗だった。少しの練習だけで「あれ? 俺たちってこんなにうまかったっけ?」と怪訝に思うほど、何もかもが一変した。優れた指揮者には本当に魔法をかける力があるのだと、このとき目の当たりにした。

■電気式メトロノームを推奨したベルリオーズ

 いずれにせよ、当時漠然と考えたことをこうやって列挙してみると、どの疑問もどの推測もそれなりに見当はずれではなかったと思う。指揮者は人間メトロノームとして居る/要る。──とりあえず間違ってはいない。オーケストラがどんどん複雑になり、楽員たちだけでは拍子が勘定しきれなくなってきた時代に、指揮者は人間メトロノームとして生まれた。

 後に詳しく述べるように、ウェーバーとメンデルスゾーンとベルリオーズは最初期の指揮者であったが、彼らのスコアのいくつかの箇所は今日なお、指揮者なしで合わせることは難しいだろう。ウェーバー『魔弾の射手』序曲の狼谷の部分のシンコペーションなどがそれだ。

 拍子の勘定だけならいっそ人間ではなく機械にさせた方が効率がいいのではないかという疑問も、ある意味では当たっていた。後述するように、ベルリオーズは指揮者の多くがまともにテンポ維持が出来ないことを嘆き(「数小節ですら同じテンポが維持するとは限らない」)、電気式メトロノームなるものを用いるよう推奨しているのである。

「不要と思われる」のが良い指揮者

「指揮者は本当に必要なのか?」という議論も、指揮者という職業が生まれたころにあった。例えばシューマンはメンデルスゾーンの最初のライプチッヒ・ゲヴァントハウスでの演奏会(これは歴史上で初めてのオーケストラ定期演奏会だったと言っていい)で、「指揮者が邪魔だ、オーケストラは共和国でなければならないのに」と文句を言った。

 またリヒャルト・シュトラウスはマーラーと並ぶ同時代の最大の指揮者であったが、「いい指揮者とは2小節目から不要になる指揮者のことだ」と言っていた。彼の同時代人で同じく作曲家/指揮者だったハンス・プフィッツナーは、ウィーン・フィルの指揮者をつとめていたフェリックス・オットー・デッソフおよびリストの言葉を引用している。

 前者は「外から見て人々が指揮者のことにまったく気をとめないとき、指揮者はその義務を最もよく果たしている」と言い、リストは「カペルマイスターの真の役割は、目で見たときまったく不要と聴衆に思われることである」と言ったそうである。

※この記事は、岡田暁生『指揮者の歴史』(新潮選書)の一部を再編集して作成したものです。

岡田暁生(おかだ・あけお)
1960年、京都市生まれ。音楽学者。大阪大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。京都大学名誉教授、同志社大学客員教授。『オペラの運命』でサントリー学芸賞、『ピアニストになりたい!』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、『音楽の聴き方』で吉田秀和賞、『音楽の危機』で小林秀雄賞受賞。著書に『オペラの終焉』、『西洋音楽史』、『モーツァルトのオペラ 「愛」の発見』など多数。片山杜秀との共著に『ごまかさないクラシック音楽』。

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