最初の点滴からしばらくは吐き気も発熱もなかったが…標準治療ではなく治験を選んだ「膵臓がん」患者が“治療から5日後”に経験した激しい副作用の正体

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最初に現れた副作用は

 この日から、私は日記をつけ始めた。

 がん宣告を受けた時、一瞬、日記をつけることが頭をよぎったが、私にはできなかった。日々考えることがいっぱいで、思考や出来事を整理するための時間を自分で作ることができなかった。しかし、いざ治験を受けるとなると、医学に対して少しでも貢献できれば、などという奇特な心が芽生え、どんな副作用がいつ出たのかだけを記録することにした。

 入院して最初の治療――。幸いにも、副作用はほとんど現れなかった。吐き気や倦怠感はおろか発熱もなかった。仕事も問題なく続けられた。

 しかし、平穏な日々は、長くは続かなかった。

 治療から5日後、最初に現れたのは下痢だった。一日中激しい下痢に見舞われ、トイレのそばで過ごすことになった。これがずっと続くのであれば、とてもじゃないが仕事は続けられない。そう思ったが、数日で下痢はおさまった。

 治療は一定の日数をあけて点滴を受ける。その間に現れる副作用に対しては、それを抑える薬が処方される。副作用は人によって現れ方が全く違うらしく、その都度対処することになる。だからこそ、医師の経験がものをいう世界でもあるのだろう。

 三浦しをん作の『舟を編む』という小説がある。辞書を編纂することに情熱を傾ける編集者たちのヒューマンドラマだ。

※以下、作品の内容に触れるためネタバレを含む。また、作品についての解釈は、あくまで私個人の見解であることをあらかじめお断りしておく。

言葉の持つ力

『舟を編む』は映画やアニメ、テレビドラマにもなっているが、テレビドラマ版「舟を編む ~私、辞書つくります~」のなかにがんの副作用に関するユニークな表現が登場する。

 ドラマ版の脚本は蛭田直美。物語の後半、辞書の監修に関わる松本先生ががんになり、抗がん剤治療を受けることになる。松本先生は佳境を迎えていた辞書編纂の現場から退かざるを得ないことを詫びる手紙を書く。その手紙の中に抗がん剤の副作用について触れた部分があるので引用させていただく。

〈この度は大変なご迷惑とご心配をおかけし、心からお詫び申し上げます。 おかげさまで副作用を抑える薬の選択がうまくいき、今は大変、安楽に過ごしております。 抗がん剤の副作用はオーダーメイドと言われるくらい、個人差があるそうで、医師が薬を探り当てるために、我々患者は自分の症状を的確に自己申告せねばなりません。「手足がしびれる」と伝えると、医師にこうたずねられました。「それはピリピリと電気が流れるような感じですか? それとも氷水に長い間、手を浸していたような感じですか? または、ゴム手袋を何枚も重ねてはめている感覚ですか?」 驚きました。 私は手足に電気を流したことも、氷水に長時間手を浸したことも、ゴム手袋を何枚も重ねてはめたこともないのに、ありありとその感覚がわかるんです。 言葉の持つ力とはなんと不思議なものでしょう。 そして、なんとすばらしいものなのでしょう〉

(※放送されたドラマより筆者が書き起こした)

“病を得た身”

 上記の手紙はドラマ版のオリジナルだが、言葉について考え続けた国語学者らしい表現だと思う。この言葉に辿り着くまで、脚本の蛭田直美が原作の世界観を元に、丁寧に、繊細に考えて来たことを思い、心が震えた。

 この後、松本先生の手紙は、自らを“病を得た身”と表現し、生への執着とその裏返しとしての死の恐怖、そして、それを乗り越える希望としての“言葉の力”へと続く。原作小説だけでなく、ぜひドラマも見て欲しいと思う。

 私がこのドラマを初めて見たとき、がんの治療を始めて1ヵ月ほどが経っていた。抗がん剤体験者としてはまだ初心者で、副作用の幅もそれほど大きくはない。しかし、この台詞に込められたデリケートな感覚は、非がん世界で生きていたときよりも遥かに身近に感じられた。

 そして私に最も恐れていた副作用が現れ始めた。

※記事中で引用・参照した文献・資料の出典は以下の通りです。

『舟を編む』(著 三浦しをん/光文社/2011年)
「舟を編む ~私、辞書つくります~」(脚本 蛭田直美/NHK/2024年)

Y・J
1963年生まれ。京都大学大学院を経て、テレビ局に就職し、数多くのドキュメンタリー番組や教育番組を手掛ける。退職後は大学に転職し、現在も教員としてメディア論や社会学などを教えている。

デイリー新潮編集部

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