女子は12歳、男子は14歳がSNSの悪影響を最も受けやすいワケ 『スマホ脳』著者が指摘する、子どもの本能に付け入るSNS企業のビジネスモデル

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 依存症のみならず、摂食障害に不安症、オンラインいじめ……。子どものSNS利用においてさまざまな社会問題が表出しており、世界各国で規制の機運が高まっている。なぜ子どもはこんなにもSNSに依存してしまうのだろうか。『スマホ脳』著者でスウェーデンの精神科医、アンデシュ・ハンセン氏はその理由を、「1万年変わらない人間の脳の仕組み」と「そこに付け入るSNS企業のビジネスモデル」に見る。※聞き手・文=湯浅大輝(フリージャーナリスト)

 今、世界各国で子どものSNS使用に対する規制がかかっています。この議論は往々にして「子どもがSNSを使いすぎることによって、SNS依存やいじめなどの有害な結果がもたらされている」という点に注目が集まりすぎるきらいがあります。

 ですが、子どものSNS規制についての本質的な問題は、子どもがSNSを使っている間に「何をしているか」よりも「何をしていないか」という点にあるのだと思います。

 10代の若者は平均して1日5~6時間ほどSNSに時間を費やしていると言われています。SNSがなければ、この5~6時間は、本来SNS以外に使われる時間だったのです。すなわち、人と会ったり、運動したり、寝たりという、子どもが子どもとして生きるための活動がSNSに費やす時間によって犠牲になっている、という意味です。

 今、世界中で子どものメンタルヘルスの問題が叫ばれていますが、人間との交流・運動・睡眠は、うつ病や不安障害を防ぐ重要な3つの活動です。この3つが疎かになるほどSNSには中毒性があり、SNSに依存するから、人との交流・運動・睡眠の時間が短くなる。悪循環ですよね。

 常識的に考えれば、人と会う・体を動かす・寝る、という人間の本能を上回る対象がこの世にそれほどあるとは思えません。ところがSNSの子どもへの中毒性は「分かっちゃいるけどやめられない」ほど強いものだと言えそうです。

 なぜSNSにはこれほど強い中毒性があるのか。最大の理由のひとつは脳が大好きな「比較癖」です。

死を避けるために、人間の脳は「他人と比較せずにいられない」

 ここで少し、具体的に人間の脳の仕組みについて解説しておきましょう。まず覚えておくべきなのは、私たちの脳は1万年前から仕組みがそれほど変わっておらず、現代社会を生きる上で必ずしも「賢くなるため」「幸せになるため」に整備されているわけではない、ということです。

 1万年前、人間社会では食べ物が不足していました。少ない食べ物をできるだけ効率的に食べようと、果物や蜂蜜など、高カロリーの食料をできるだけ多く食べようという本能が身についたのです。

「比較」についても同じことが言えます。ホモサピエンスは、小さな集団で暮らし、毎日同じ人と顔を合わせながら生きてきました。こうした暮らしを続けてきたことで、人間の脳には「自分はこの集団にとって十分な存在だろうか」「自分は周りと比較して、容姿に優れているだろうか、他人からバカにされていないだろうか」と考える癖ができました。

 小さな集団の中で生きている以上、村八分にあうということは太古の人類にとっては死を意味しました。死を避けるために、人間の脳は「他人と比較して、集団の中に同化しよう。他人より劣っていないようにしよう」というふうに、進化してきたのです。この脳の仕組みは現代の人間にも受け継がれていて、特に理性がまだ十分に獲得されていない子どもは、他人との比較をやめづらい、ということです。

本能をハックするSNS企業

 他人と比較してしまうことは仕方がないとして、SNSが問題なのは「世界規模での比較」を強いてしまうことです。そもそも、SNSがない時代は、同じクラス・同じ部活というふうに比較対象が少なく、そんなに劣等感を抱かずに済んだ子どもも多かったことでしょう。また、母数が少ない集団の中で生きていた以上、比べてしまう対象も限られていた、とも言えます。

 ところが現在は、インスタグラムを開けば世界中の美人、世界中の金持ち、世界中のキラキラした人たちが一瞬で出てきます。これに「勝とう」とすることがそもそも無理なことですが、まだ発達段階にある子どもの脳は、比較をやめられません。他人と比較して自分が劣るということは、社会的な死を意味する、というあのソフトウエアが起動するからです。

 特に危ないのが、多感な思春期の子どもたちです。女子は12~13歳、男子は14~15歳前後の子どもたちがSNSの悪影響をもっとも受けやすいとされています。彼らが毎日血眼になってSNSの「いいね」ボタンをチェックするのは、「もしかしたら誰かがいいねしてくれているかもしれない」「友達よりも多くいいねをもらえているかな」というふうに、不確実性と比較を愛する本能的な行動に依存しているからこそです。

〈こうした人間の性質を利用する「SNS企業」の“良心なきビジネス”、またはSNS規制で先行するオーストラリアにみえた“希望”と“限界”などについて、新潮QUEで詳述している〉

デイリー新潮編集部

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