【恫喝発言問題】 「そんな話してたっけ」「してないですね」 簗大臣が直撃取材で見せていた記憶力の欠如

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 いわゆる「恫喝発言問題」で強い批判を浴びている簗和生農水大臣に対しては、かばう声もないわけではない。主に以下のような論理である。

「簗氏には実際には予算を動かす権限などない。支持者を前に大言壮語しただけだ。それを大臣就任の頃合いを見計らって政敵がリークしたに過ぎない。高市内閣への攻撃だ。屈してはならない」

 しかしこうした主張をする側も、簗氏の発言に問題があったことは否定していないようだ。

 そして恫喝発言や官僚への「問い合わせ」に加えて、現時点で注目されるのは、簗氏及び官邸の危機管理能力だろう。発言が報じられた直後には、「記憶にない」や「権限がない」で押し通そうとしていた簗氏が最終的に発言の撤回と謝罪に追い込まれたのはすでにご存じの通り。

 ところが、メディアはもちろん多くの国民がこの謝罪を真摯なものとは受け止めていない。その理由は、危機管理のセオリーを逸脱した稚拙な対応にある、と指摘するのは危機管理コンサルタントの田中優介氏だ。田中氏は著書『その対応では会社が傾く プロが教える危機管理教室』の中で、危機管理には四つのステップがある、と述べている。「感知」「解析」「解毒」「再生」だ。

 感知――危機を感じ取って事実を調べる。

 解析――事実に基づいて分析をしたうえで方針を定める。

 解毒――定めた方針をもとに有効な解決策を練って実行する。

 再生――同じ過ちを繰り返さずに失った信頼を回復する。

 以上の四つのうち、田中氏によれば謝罪会見は「解毒」にあたるという。そして解毒のためには「反省」「後悔」「懺悔」「贖罪」のプロセスをすべて言葉に含む必要があるのだという。田中氏に解説してもらおう。

「『反省』とは『自分の過去の行為について考察し、批判的な評価を加えること』(広辞苑)です。なぜそのようなことをしたのか、言ったのかを深く考えたうえで、どこがいけないかを自ら言語化する必要があります。

『後悔』では、なぜ自分がそのようなことをしたのか、心理的な分析をして考えて言語化する必要があります。

 そのうえで外に向けて語るべき言葉、謝罪の言葉を考えるのが『懺悔』です。

 そして、『懺悔』だけでは、『口先だけでは』との疑念をぬぐうことができないので、何らかの罰、ペナルティを受ける必要があります。それが『贖罪』です。

 簗氏は、『誤解を招いた』という口にしてはいけないフレーズを謝罪会見で用いたのみならず、これら四つのプロセスを踏んでいないように見えます。謝罪会見としてはきわめて出来が悪く、危機管理能力が低いと言わざるを得ません」

 簗氏の場合、謝罪会見ではどのような対応が求められたのか。

「そもそも恫喝のような発言をすること自体、危機管理能力に欠けるのですが、問題となってからの会見ではせめて、自身の非をもっとはっきりと口にすべきだったのではないでしょうか。

 仮に圧力をかけたことがないと主張し、さらに辞任の道を選ばないのならばせめて、『恥ずかしながら私は選挙に弱い。比例でギリギリ復活当選して、気持ちが高揚していたこともあって、支持者を前に大ボラを吹いてしまった。いい格好しいをしてしまった。本当に情けなく、恥ずかしい思いです。大馬鹿です。大臣給与は在任中、一切受け取らないようにいたします』くらいのことは言っても良かったのではないでしょうか」(同)

「そんな話してたっけ」

 危機管理という観点で言えば、簗氏の記憶力にも大いに問題がありそうだ。恫喝発言の真意について、最初に週刊新潮が直撃した際の詳細なやり取りから、その部分を見てみよう(新潮QUE掲載〈「実際にそんな権限はないんだよ」――簗和生農林水産大臣の予算削減問題を直撃「一問一答」【全文公開】〉より引用)。

(記者)実際に発言通り、予算を削減されたのですか?

(簗氏)知らない。我々はそういうこと、できる立場にないでしょ。行政がやることだから。

(記者)そうですか。でも、そういう内容のスピーチをされたご記憶はないですか?

(簗氏)………。(呟くように)分かんないなぁ。(秘書らしき男性に)そんな話してたっけ?

(秘書らしき男性)してないですね。

(簗氏)そんな話したか、ちょっと記憶にないけど。

「クソみたいな質問」

 自民党筆頭副幹事長として国交省の官僚を呼び出した案件について、支持者を前に話したことが当人の「記憶にない」のみならず、スタッフも「(そんな話は)してないですね」と言っていたことになる。何年も前の話ではなく、今年の話。しかも同種の発言は一度ならずとも行われていたとされている。しかし簗氏もスタッフも「記憶にない」「(そんな話は)してないですね」と記者を前に言っていたのである。

 簗氏の記憶力に関する問題はこれだけではない。問題発覚後、熊本地震の被災地の視察に訪れた際、「クソみたいな質問をしてくる記者を連れてきちゃいまして、すみませんね」と発言したと週刊文春が報じた件について記者に問われた簗氏は、

「明確に覚えてないが、会見の場で私の個人の政治活動に関することで時間が取られてしまったことに対して、申し訳なかったですねという趣旨でお伝えをした」旨、答えている。

 つい最近「覚えていない」という恫喝発言が問題視され、撤回、謝罪したばかりの人物がまた「明確に覚えていない」というのである。しかもこちらはほんの数日前の出来事だ。ここまで記憶力が怪しい人物が大臣では心もとないと思うのは人情というものである。

 簗氏は、都合の悪いことについては「記憶にありません」とするのが定番の永田町文化の伝承者としての資格は十分だろう。また、高市氏個人にとっては「私の大事なヤナちゃん」なのかもしれない。しかし高市首相にとって、さらには国民にとって大事な存在と言えるのだろうか。

 田中氏の語る危機管理の要諦については、新潮QUE掲載の関連記事(「わかっちゃいるけどしくじってしまう」 危機管理に失敗する五つの要因)に詳しい。

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