8歳年上の人妻上司の腕に“大きなアザ”が…「彼女を守らなければ」 深夜の神社で“心中未遂”に至るまで

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 若気の至りという言葉がある。若いとき、熟慮せず行動に打って出て失敗した経験が誰にでもあるのではないだろうか。ただ、それが自分のみならず相手のあることで、相手をも傷つけてしまうと自身の傷は倍増される。

「そういう傷に引きずられてきた数十年でした。どんなに気持ちを新たにしようとしても、過去の傷は生々しいままで、さらに自分で傷をつけてしまう。そんなことの繰り返しだったのかもしれない」

 うつむきながらそう話してくれたのは、河合岳人さん(50歳・仮名=以下同)だ。現在、同い年の妻、19歳と16歳になる娘たちとは別居し、自宅近くのアパートでひとり暮らしをしている。家族がどうなるのか、今のところは妻の判断に委ねるしかないという。

土地を売った父が、女と失踪

 東京近郊の田園地帯が残る地域で生まれ育った岳人さんは、子どものころは暗くなるまで泥だらけになって遊んでいた。

「近所の友だちや、3歳違いの双子の弟たちとよく遊びました。うちは商売をやっていて両親が忙しかったので、祖母が『いつまで遊んでるんだ。ごはんだよ』とよく呼びに来ましたね」

 家族仲は悪くなかったのだが、彼が小学校高学年になったころ近くが開発地域となり、土地が高く売れた。そこから家族関係もおかしくなっていったと岳人さんは記憶している。

「近くに大型スーパーができることになってうちの商売もおそらくうまくいかない。父は、いっそ全部売ってしまえと家だけでなく、祖父母が受け継いでいた畑もみんな売ったんです。もう少し待っていれば、もっと高く売れたか、あるいは先方が建設するショッピングモールにうちも入れてもらえたかもしれないけど、とにかくいち早く売ると言ってしまったから、たいしたお金にはならなかったと祖父が、のちのちまでよく怒っていました」

 結局、祖父母は自分たちの貯金をはたいて、さっさと施設に入ってしまった。そのうち父はまとまったお金をもって失踪した。母によれば、他の女性とどこかに行ったようだという。

「母が『逐電した』と言っていたので、初めて“ちくでん”という言葉を知りました。つまりは母と僕たちは捨てられたわけですよね。でも母は、なぜかせいせいしたような感じでした。僕らを集めて『これから4人で楽しく生きていこう』って」

父親代わりになったのは、出戻りの叔父

 母の実家は関東と東北の境目にある。母は子ども3人を連れて実家に戻り、自身は看護師の資格を活かして働き始めた。母がかつて看護師をしていたことを、そのとき岳人さんは初めて知ったという。

「母方は祖母だけでしたけど、やはり子連れで離婚した叔父が出戻っていて、彼が父親代わりでしたね。いとこは弟たちと同い年の女の子で、すごく仲よくなりました」

 変形家族ではあるが、楽しく心温まるような家庭だったと岳人さんは振り返る。高校を卒業してその地元で働こうかと思ったが、母も祖母も大学へ行けと口を揃えた。

「叔父まで『行けるなら行っておいたほうがいいよ。僕は高卒だからずっと後悔してる』って。そこまで言われたら行くしかないかなと思って、高3の夏から勉強を始めて、なんとか現役でそこそこの私立に合格しました。ただ、自宅からは通えないので、安アパートを探して。奨学金の申請もしましたね」

 東京の大学へ通いながら、アルバイトに精を出した。華やかなキャンパスライフではなかったが、民族音楽を研究するサークルにも加入、楽しい日々だった。

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