「海鳥をアザラシの皮に詰め、発酵」 世界一臭い食品を食べ、犬ぞりを操り… 「エスキモーになった日本人」大島育雄さんの型破りな生涯

エンタメ

  • ブックマーク

狩猟文化の伝承役に

 大島さんは家の電化は進めたものの、犬ぞり狩猟を続けた。息子と娘達だけでなく、孫にも狩猟を教えている。そればかりか、請われて放課後の児童達に狩猟の道具作りを実演して伝授していた。

 大島さんは自身が長老から教わった猟師の伝統的な技術を、持ち前の真面目さで深め完成度を高めた。大島さんの作る毛皮や、アザラシの皮を用いた犬ぞり用のムチは最高の品だと評価され、グリーンランド全土から応じきれないほど多くの注文が来た。品物だけでは次世代に残らないという思いから、皮のなめし方などの手法も惜しみなく教えた。偶然が重なって永住することになった日本人の大島さんが、エスキモーの狩猟文化を後世に伝える重責を担う立場になったとは、不思議なめぐり合わせである。こうして「グリーンランドで大島さんを知らない者はいない」と言われるほどの尊敬を集めるようになったが、本人は何ら変わらず狩猟生活を続けた。

本当に幸せな時間

 日本のメディアから取材を受けても、手柄話などしない。氷の減少などグリーンランドの自然環境の変化を実感しながらも、地球温暖化の影響を声高に訴えるようなこともしなかった。

 昨年春、これが最後かもしれないと日本に一時帰国し、朝日新聞の取材に応じている。「最近は体力がなくなり、村の近くでウサギやキツネを捕るぐらいだね」と語り、「本当に幸せな時間を過ごしたな」などと回想していた。

 今年2月、1989年に文藝春秋から刊行された『エスキモーになった日本人』が、山と溪谷社の文庫で復刊。冒頭に〈大自然の中での「狩りの生活」という夢中になれることに出逢えたようです。振り返ってみれば、すべて大人の遊びだったかもしれません。しかし、私達には「遊びをせんとや生まれけむ」と言いきった大先達もおります。心強い限りではありませんか〉との言葉を寄せていた。

 9月8日、癌のため、79歳で逝去。

 網走にある北海道立北方民族博物館で10月18日まで開催される特別展では、大島さんが手作りした犬ぞりやホッキョクグマの毛皮のズボンが展示されている。8月に同館の学芸員がグリーンランドで調査した際、大島さんは現地で協力したばかりだった。

 自分の性に合った生き方を見つけた場所が、たまたまグリーンランドのシオラパルクであっただけ、と再三語っていた。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 4 5 次へ

[5/5ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。