「海鳥をアザラシの皮に詰め、発酵」 世界一臭い食品を食べ、犬ぞりを操り… 「エスキモーになった日本人」大島育雄さんの型破りな生涯

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 厳しい自然や人跡未踏のルートに挑む冒険家や探検家はいる。困難な目標を達成したにせよ、捲土重来を期すにせよ、彼らのほとんどはその地を去っていく。大島育雄さんは1972年、登山の事前調査のため、単身でグリーンランド最北の村に入ったのがきっかけで、ほどなくその地に根を下ろした稀有な人物である。極地の過酷な自然のなか、伝統的な犬ぞり狩猟を体得し、妻をめとって5児を授かり、狩猟で家族を養うこと半世紀余り。大島さんは9月8日、グリーンランドで79年の生涯を閉じた。現地を訪れる日本の冒険家や研究者を支えたばかりではない。「グリーンランドで大島さんを知らない者はいない」と言われるほど尊敬を集める存在になっていた。

すっかり「エスキモー」になった大島さん

 グリーンランドは世界最大の島。面積は日本の約5.7倍もあるが、人口は5万5000人ほどしかいない。デンマークの一部で広範な自治が認められている。全島の8割以上が厚い氷に覆われ、マイナス40度近くにも冷え込む厳しい自然環境である。先住民にあたるのが、日本では「エスキモー」の呼び名で知られるイヌイットだ。エスキモーには「生肉を食べる」という意味があり差別的だとして、現在では「人間」を意味するイヌイットが広く用いられるように変化してきた。日本人はエスキモーの語に差別的な意味合いなど込めておらず、大島さんも「エスキモーになった日本人」と称されて何ら気にしていなかった。エスキモーは日本人と同じくモンゴロイド系で、出生時に蒙古斑があり、顔立ちも似ている。とはいえ、日本人との直接交流は決して多くはない。

 大島さんは日本で狩猟を生業とする環境に育った人物ではない。偶然が重なってグリーンランドのエスキモーの暮らしに触れる機会ができ、ここに人生の宝があるような気がしたという。気がついたら猟師になっていた、と大島さんは述懐するが、思いだけでは実現しない。現地のエスキモーに大島さんという人間が信用され、実力が認められたからこそ、完全に溶け込むことができたのだ。

間違えて体育会の山岳部へ入部したばかりに

 大島さんは1947年、東京の東久留米生まれ。生家は農業。日本大学生産工学部に進む。ハイキング程度の山登りが好きだったことから、サークル的な山岳部に入るつもりが、間違えて体育会の山岳部に入部してしまった。この間違いがなければ、後のエスキモーとの接点はおそらく生じていない。

 在学中、北アルプスの山々などに親しむが、1971年の卒業間際になって、一度は海外の山に登ってみたいと考えるようになる。親戚の経営する小さな会社に就職し、資金を貯めながら、目標とする山を絞り込んでいった。グリーンランドに隣接する島にある最高峰に狙いを定めたが、まずはグリーンランドの北部を訪れて気象条件など極地の厳しい環境を体験調査しようと決めた。慎重に手順を踏む人である。

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