「海鳥をアザラシの皮に詰め、発酵」 世界一臭い食品を食べ、犬ぞりを操り… 「エスキモーになった日本人」大島育雄さんの型破りな生涯
里帰りで東京に戸惑う
1978年暮れ、大島さんは妻子を連れて、初めて里帰りをした。大島さん夫妻は1男4女を授かったが、この時点ではまだ1男1女。エスキモー女性と結婚したかと思えば、北極点に立ったことが大きく報じられたような自由気ままな息子を、両親らは温かく迎えてくれた。しかし、約5年ぶりの東京に大島さんは戸惑いを隠せなかった。さえぎるものがない氷上を犬ぞりを駆って時速20キロほどで走る生活に慣れた身には、電車や車の速さ、車内の閉塞感が気になって仕方なかった。
一方、初めて日本を見る妻は好奇心旺盛。東京の喧噪に滅入ることもなく、日本の食べ物も気に入った。なかでもミカンを好きになったという。エスキモーの暮らしでは野菜や果物はほとんど口にしない。それでもビタミン欠乏症にならないのは、主にアザラシやセイウチの生の肝臓や脂肪を食べることでビタミンを補うからだ。エスキモーは経験上、動物ごとの肉や内臓の特徴を熟知しており、例えばホッキョクグマの肝臓は食べない。ビタミンAの含有量が非常に多く、激しい頭痛や時には死に至る危険に見舞われることを理解していたのだ。大島さんはすっかりエスキモー流の食生活に馴染んでいたが、村では米も売られているためアザラシの肉や内臓を使った炊き込みご飯をよく作っていたとか。その名も「アザラシご飯」。妻子にも好評で、エスキモーと日本人による味の合作である。
訪ねてくる日本人
「世界最北の村」とされるシオラパルク。そこに大島さんがいるものだから頼りにされ、日本のテレビ番組が取材に訪れることもあった。妻のアンナさんは「なるほど!ザ・ワールド」の撮影でやってきた女優の熊谷真実さんを、明るくて親しみやすい人だと感じてファンになり、誕生した三女にマミと名付けた。
1989年、日本人女性初の北極点到達に成功した女優の和泉雅子さんも、大島さん一家の支援を得ている。極地について助言を仰ぎ、さらに和泉さんが北極点に立つことができた時に着用していた防寒服は、妻のアンナさんが縫ってくれたものだった。
時代の変化が村にも
1990年、村に小さな発電所ができた頃から生活が変わり始めた。家電製品やインターネットの普及は時代の流れだろうが、犬ぞりからスノーモービルに替える猟師が増えてきたのだ。犬ぞりでの狩猟なら、犬の燃料ともいうべき肉は現地調達できる。犬に故障の心配などない。現金は家のストーブの燃料を買う際に必要となるぐらいで、毛皮や牙を少し売る程度で済んだ。ところが、スノーモービルとなると燃料や整備の費用としてまとまった現金が要る。そのため必要以上の獲物を仕留める猟師が出てきた。
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