「海鳥をアザラシの皮に詰め、発酵」 世界一臭い食品を食べ、犬ぞりを操り… 「エスキモーになった日本人」大島育雄さんの型破りな生涯

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植村直己さんから連絡が

 とはいえ、資金が心もとない。愛知県にある博物館「リトルワールド」の開園にあたってエスキモーの民具を収集する仕事の委託を受け、1年間グリーンランドに滞在できるめどが立った。大島さんがグリーンランド滞在計画を地道に進めている様子は、植村直己さんに知れ、関心を持たれる。大島さんより6歳年上の植村さんは、1970年に世界初の五大陸最高峰登頂を成し遂げ、登山家、冒険家として世界に注目されてきた時期である。植村さんは当時、北極点に目を向けていた。犬ぞりを自在に乗りこなす訓練と極地の環境を体験するためにグリーンランドに行きたい、相談に乗って欲しいと大島さんに連絡してきたのだ。

世界最北の村、シオラパルク

 こうしてふたりは1972年の同時期にグリーンランド北部、シオラパルクに赴いた。北緯約78度。北極点まで約1300キロ。20戸ほどの家々が散らばる世界最北の村である。電気はなく明かりはランプ。水道もない。氷河からずり落ちて海を漂い、海岸に流れ着いた直径2メートルほどの氷塊が戸口に運ばれて置いてある。これを削って溶かし飲料水にするのだ。やぐらのようなものが組まれ、肉が積んである。天然の冷凍庫である。酷寒でも屋内はストーブに守られていた。

 少し先に現地入りしていた植村さんの助言に救われたものの、大島さんが当初、動揺したのが食だった。アザラシの生肉は飲み込むようにしてどうにか食べた。しかし、美味しいよ、と笑顔で勧められた特別な品「キビヤ」には参ってしまう。濡れた鳥の亡骸にしか見えない。鳩よりやや小ぶりなアッパリアスという海鳥をアザラシの皮袋に詰め込み、日陰で保存。長期間かけて発酵させたもので、見た目の生々しさもさることながら、世界一臭いとも言われる食べ物なのだ。羽と脚をむしって胸肉に喰らいつき内臓も味わうのだが、そんな余裕など全くない。嘔吐すれば失礼になる、と考えて必死に乗り越えた。大島さんは適応するのが早い。日本には牛刺しも馬刺しもある、と生肉にすぐ慣れた。臭う発酵食品だってあるのだからと考えるうちに気にならなくなり、「キビヤ」も大好物に転じた。

民具収集から暮らしに触れていく

 大島さんには民具収集の仕事があった。名称や材質を聞いて調べるだけでなく、実際にどのように使われているか観察するうちに、エスキモーの日常生活を体験していくことになった。やがて狩猟や獲物の解体の手伝いを頼まれるようになり、エスキモーの人々の伝統的な技術だけでなく、ものの考え方にも接していった。エスキモーの話し方に曖昧な表現が多いのは、何をするにも気象条件に左右される地域ゆえに、断定するほうが無責任になるためだと気づいた。このように、大島さんは自然と共に生きるエスキモーの暮らしに関心を深めていく。狩猟のため銃の扱いを習い、自分の犬ぞりを持つようになった。指示のかけ声とムチが一致しなければ、犬は混乱し、信用してくれない。ムチは7 メートルほどもあり、走るそりの上からムチを飛ばすのは難しい。植村さんは冒険の実現のために犬ぞりの扱いを当地で体得したが、大島さんは狩猟の大切な仲間として、犬の存在を受け止めた。

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