毛皮一式ウン百万円? 極北の村の防寒ファッション

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 まるでぬいぐるみのようにモコモコの毛皮に包まれたかわいい姉妹。上着はトナカイ、ズボンはシロクマ、ブーツはアザラシの毛皮を、丹念に手縫いしたものだ。もしもこれを今の日本で誂(あつら)えようとしたら、いったいいくらかかることか……おそらく何百万円単位になるだろう。

 この姉妹は、グリーンランドにある世界最北の村、シオラパルクに住んでいた――と過去形になるのは、今から40年前、1977年に撮影されたものだから。幼い子供の写真なのに、なぜ真っ暗なのか? 夜の写真? そうではなくて、これはまぎれもなく昼間に撮影されたものだ。

「極夜」という言葉をご存知だろうか? 極地圏で、夏に日が沈まない「白夜」はよく知られているが、その反対、つまり冬の間、太陽が昇らない日々が約4カ月間も続く時期のことを「極夜」という。姉妹の写真は真冬の極夜に撮影された。シオラパルクは、植村直己さんが極地訓練をするために長期滞在した地として知られているが、ちょうど植村さんと前後してシオラパルクを訪れた日本人写真家がいた。「水中写真のレジェンド」として知られる中村征夫氏だ。

 1977年、フリーカメラマンとして独立した直後、中村氏は新聞の連載のために記者と2人でシオラパルクに極夜の取材に行き、厳冬期の約1カ月間をこの村で過ごしたという。気温はマイナス35~40度。「息を吸うと肺の中で空気が凍る感じがして、死ぬかもしれないと思った」(中村さん)。おまけに来る日も来る日も太陽が昇らず、暗闇の中の生活。当時は電気も通っておらず、交通手段も犬ぞりだけ。その犬ぞりで、一番近い隣の村まで10時間かかる……想像を絶する世界だ。

 灯りのある室内はともかく、屋外の写真はみんな暗闇の中。ピントを合わすだけでも一苦労だ。おまけに日本では体験したこともない極寒で、カメラも凍りついてしまう。中村さんはカメラやストロボ専用の保温カバーを持参し、細心の注意で撮影を続けるが、失敗も多かった。「オーロラが出た」と聞いてあわてて外に出て、裸のカメラを構えてファインダーを覗く。と、瞬間冷却されたカメラの鉄の部分に、目蓋が一瞬で貼り付いてしまった。剥がそうにも剥がれない。カメラが貼り付いたまま部屋に戻り、カメラを温めたら、ようやく離すことができた。しかしカメラは一瞬で結露して、その時撮影したフィルムは使い物にならなくなったのだとか。

 走る犬ぞりの撮影では、懐中電灯で照らして距離を測ろうとしたが、犬たちが灯りで方向感覚を失うからと許されない。仕方がないので暗闇の中、犬の息遣いの声だけを頼りに位置の見当をつけて、ストロボ一発でシャッターを切る。犬たちはストロボの光も嫌うので、怒る馭者に平身低頭しながら、やっとの思いで2カットだけ撮影できた。

 そんな苦労の末に撮った写真は、なぜかこれまでどこの媒体でも発表されることもなく、お蔵入りしていたという。実は現像時の定着液が不安定だったせいで、保管してあったネガに白いドットのような抜けがたくさん出てきて、プリントには耐えられなくなっていたからだ。しかし40年の歳月を経てデジタル技術の進歩により、スキャンしたデータを修復してみたところ、当時のありのままといえるかたちにまで復元できたというからこれも驚きだ。

 中村さんによる復元された写真の展覧会も行われる。

「極夜」地球最北の村、シオラパルクへ1977
◆東京展 2018年1月6日(土)~17日(水)ポートレートギャラリー
     (東京都新宿区四谷1-7-12日本写真会館5階)
◆神戸展 2018年2月1日(木)~6日(火)デュオぎゃらりー
     (兵庫県神戸市中央区相生町3-2-1 JR神戸駅前地下街デュオこうべ内)
 また極寒の村での撮影裏話と復元された写真を掲載した写真集『極夜』(新潮社刊)も発売される。

デイリー新潮編集部

2018年1月5日掲載

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