「巣鴨若妻殺人事件」の真犯人は本当に“銀行員の夫”だったのか…90年が経っても解明されない“自供の不審点” 「おたくのダンナは大丈夫?」が流行語に
人を信用せず、心を開かない性格
捜査の過程で、Aの生い立ちも明るみになった。四谷荒木町の料理店に勤める女中の子として生まれたAだが、ほどなく知り合いに預けられ、小学校に通っている時に、A家の長男として入籍された。小学校を優秀な成績で卒業したが、
〈東京貯蓄神田支店の給仕をしながら東京商業学校夜学に通ふに至つた十六、七歳の頃ふとした機会から「自分は実子でない」ことを感知〉(東京朝日新聞 昭和11年1月20日付)
それまでの無口がより加速し、家庭内でも冗談も言わない、冷淡な性格に育った。取り調べの供述で、前言を翻したり嘘をついたりするのも、基本的に人を信用せず、心を開かない性格がそうさせたようである。「夫婦仲は円満」と報じる新聞もあったが、実態はそうではなかったようで、無口なAとの生活を心配していたB子さんの父は予審でこう語っている。
「(B子は)もともと背の低い男は嫌いだと言っており、(Aは)背が低いので気に入らなかったようです」
さらに自分の正確な給与の額をB子さんに告げず、それをB子さんが困っていたとか、「(Aは)とにかくケチだった」との証言も多く出た。
司法判断はAに懲役7年。だが、事件の真相はどこにあるのか……90年経った今も解明されていない。
【前編は「『留守居の美人若妻、白昼絞殺さる』…! 捜査員が“実直な銀行員の夫”に疑惑の目を向けた理由 昭和11年に起きた『巣鴨若妻殺人事件』の晴れない闇」】



