「巣鴨若妻殺人事件」の真犯人は本当に“銀行員の夫”だったのか…90年が経っても解明されない“自供の不審点” 「おたくのダンナは大丈夫?」が流行語に
供述の変遷
確かな事実として、5回目の調書まで完全否認していたAは、6回目の聴取でいきなり自白に転じている。調書ではこうある。
「何にもかも、よくお調べが済んでいるようでありますから、本日は偽りのないところを申し上げることに致します」
以下、要約すると――事件当日の朝、長火鉢が汚れているのを注意するとB子は不機嫌そうで何も言わない。自分も何も言わずに食事をすませ銀行に出勤すると、Aの姉から電話があり「今度の日曜、B子さんと成田山にお詣りにいくけど、8時に上野駅で、と伝えて」と言われた。朝の気まずさを解消するためにも、この件をB子に早く伝えようと思い、銀行で昼食を済ませた後、午後1時ごろに家に帰った。声をかけてもB子は出てこない。仕方なく中に入るとB子は不機嫌そうで、Aの顔を見ると奥へ行ってしまった。急にむかむかして、B子の肩を右手で突くと、B子は倒れた。そこに馬乗りになって両手で首を絞めた。
その後、急に怖くなって泥棒が入ったことを装うと考え、台所からタオルや手拭などを持ってきて、まずタオルで絞めて結び、足りないと思って手拭で締め直した……。そして7回目の調書では、B子を突いたところから修正が加えられる。
〈六畳へ追って(B子の)前へ回り、向き合った瞬間、私は腹立ちまぎれに(B子の)胸を左手の拳固にて力まかせに二度ほど突いたのであります。すると(B子は)“うん”と呻りながら前ににょろにょろとしましたから、私は右手で(B子の)左肩を押しますと、机のほうを頭にして仰向けに倒れました。そのとき(B子は)両脚をやや広げたまま倒れましたので、着物の前が広がって、股のところが露われました〉(前掲書より)
その姿に思わず欲情し、行為に及びながら両手で首を絞めた。やがてB子の体がぐったりとし、〈私もそのときすぐによい気持ちになって〉(同)しまったという。
だが、第8回の取り調べからは「殺した覚えはない」と、否認に転じる――。
自供の通りであれば、犯行時刻は午後1時過ぎ。前編記事でも紹介した当日のAの行動を検証すると(1)午後零時5分、銀行を出る(2)零時20分、銀行より3分ほどの個人宅で集金し、辞去(3)午後1時、古着商宅で集金、20分ほど雑談(4)午後1時30分、ラジオ商宅で集金、すぐに辞去――これらは訪問先の証言により裏付けられていることから、犯行は(2)と(3)の間の約40分、移動の時間を考えると正味20分から30分弱しかない。
〈わずか二十分、よし三十分としても、これだけの短時間で前述の犯行ができるだろうか。しかも、彼が訪問した家々での彼の態度は、いま人を殺して来た者とは微塵も認められなかったというし〉(『警視庁史』)
行為の最中に相手の首を絞めるクセをAは持っていたのか……これは、C子さんの「変わったところはなく、強いて言えば、性のほうには強い人ではなかった」との証言により、否定された。また、前編でも紹介したが、犯行日の正午ごろ、自宅近くでAを目撃したという自転車店店主(63)はAとは直接の面識はなく、新聞で顔写真を見て思い出したというものだった。
一方で、物盗りの犯行に見せかけようとしたのに、財布や腕時計を隠した場所が家の中というのは何故か。集金など、外回りの仕事をしているAなら、遺棄場所はいくらでもあるはずである。また、思わずかっとして殴ったというが、肋骨を3本も折るほどの力で殴ったのか……Aの自供内容も不審な点が多すぎるのも事実である。
また、『殺人論』『毒と暗殺』(小酒井不木)、『ドナウ・ホテルの殺人』(下村千秋)、『情婦殺し』(山本有三・訳)などに加え、『犯罪科学別巻異常風俗資料研究号』などの書籍類が自宅から押収されている。
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