膵臓がん患者は“余命もの”映画を観て何を感じるのか…難病をテーマにした邦画に通底する「命に関わることを軽々しく言葉にすべきではない」という価値観
友人にどう伝えるべきか
2024年にステージ4の膵臓がんで「平均余命1年」と告知された筆者(当時60)は、検査のための入院を経て、自分が「完治が難しい病人」であるという現実に直面する。そして、「家族にどう伝えるか」「仕事をどうするか」に続いて、新たな難題が降りかかってきた。【Y・J/大学教員、映像作家】
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仕事の次に考えなければならなかったのは、友人との関係だった。
幸いなことに、私は親しい友人が多い方だった。いや、親しいと思っているのは私の側だけで、向こうがどう思っているのかはわからない。それでも、仕事上の用事があるわけでもないのに、一定の頻度で連絡を取り合い、ときどき食事をしたり、互いの消息を確かめ合ったりする友人が少なからずいた。
その友人たちに、自分の病状をどう伝えればよいのだろうか。そもそも伝える必要があるのだろうか。
決して明るい話ではなく、わざわざ伝えれば相手に余計な心配をさせることにもなる。悲しませてしまうことになる人もいるだろう。
だからといって、何も伝えないというのも難しい。これまで通り誘ったり誘われたりして、コーヒーを飲んだり、最近見た映画の話をしながら、自分の病気についてだけは黙っている。それはとても難易度が高いことだと思えた。
では、少しずつ連絡を取らないようにして疎遠になっていけばよいのか。それも不自然だと思った。これまで連絡を取り合っていた人間から連絡がこなくなれば「何かあったのか」と思うのが普通だろう。そうした余計な心配を大切な友人にかけるのも嫌だった。
当時、私は、がんなど回復の見込みが難しい病気にかかった人物が登場する映画を積極的に見るようにしていた。「がん世界」を生きるためのヒントのようなものが得られるのではないかと思ったからだ。
それら“余命”を扱う物語「余命もの」では、病気になった登場人物と周囲の関係はどのように描かれているのだろうか。
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