日航機墜落の陰謀論を作り出したのは誰か 存在しない「オレンジエアー」に執着したジャーナリストの名前
防衛庁に一瞬で論破された週刊誌
それでも「オレンジ」または「赤」の飛行物体に執着する陰謀論者たちが次に目につけたのは、海上自衛隊が当時保有していた次の3種類の標的機だ。
・低速標的機KD2R-3/5/5改
・高速標的機BQM-34(ファイアービー)
・高速標的機BQM-74(チャカII)
標的機とは、簡単に言えば、護衛艦が敵機や敵ミサイルなどを迎撃する訓練に使用する「的」だと思ってもらえばよいだろう。いずれもオレンジ色で塗装された標的機は陰謀論者らにとっては格好の存在であるが、この「標的機衝突説」も全くのデタラメである。
発端となったのは、ある航空評論家がテレビで何の根拠も示さずに標的機衝突の可能性を述べたことだった。そして、標的機説を大々的に発表したのは吉原公一郎というジャーナリストだ。当時の『週刊ポスト』(1985年9月20日号)で吉原氏は、R-144という愛知県南方にある空自の訓練海域から逸脱したファイアービーが、日航機に衝突した可能性を指摘した。彼はその根拠として、墜落現場の御巣鷹の尾根で見つかった「オレンジ色の物体」がファイアービーであると主張した。
しかし、防衛庁(当時)がすぐに「ファイアービーは海上自衛隊の訓練支援艦あづまより発射されるもので、8月11日から21日までは呉基地に在泊中でした。もちろん、12日も訓練は行っておりません」と反論した。ファイアービーやチャカIIなどの標的機は、当時はあづま1隻しかなかった訓練支援艦の高速標的機艦上追尾管制装置(TCATS)によって操縦される。事故当日にあづまは瀬戸内海の呉に停泊していたのに、相模湾付近でこれらの標的機が飛べるはずもない。すると、吉原氏も翌週の週刊ポスト(85年9月27日号)では「今回の垂直尾翼破壊が『外部衝突』によるものでなければ幸いだが」とトーンダウンした。
にもかかわらず、その後も吉原氏は標的機の可能性を完全には捨てず、著書『ジャンボ墜落』(人間の科学社、2004年)に「オレンジ色の物体」のカラー写真を掲載している。その物体は、全体の数%程度に黄色っぽい部分が見えるものの全体としては白であり、ファイアービーなどの標的機とは明らかに色が違う。大きさも色も、墜落した123便(ボーイング747)の胴体部分の外板の一部と見て何の矛盾もない。黄色に見える部分は、プライマー(下塗り塗料)の可能性が最も高い。
また、ファイアービー等の標的機には安全機能があり、エンジンに異常が生じたり訓練支援艦との通信が途絶したりした場合、自動的にパラシュートが開いてその場で落下する仕組みになっている。標的機にはミサイルのように航空機を追尾する機能もないし、まして御巣鷹の尾根まで飛んでいくはずもない。なぜか「日航機の左側にあるオレンジの物体を目撃した」という証言者もいるようだが、この人物の証言が矛盾だらけであることは私の著書で詳しく解説した。
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