携帯に届いたメール『ありがとう』――被災地での「霊体験」を初告白。遺族たちはこうして絶望から救われた

社会2017年3月10日掲載

  • 共有
  • ブックマーク

「誰にも話せませんでした。死んだ家族と“再会”したなんて……」
 未曾有の大震災から今年で6年――。
 被災地の遺族たちからは、不思議な体験談が聞こえてきた。

 最愛の家族や愛しい人が大津波で逝き、絶望にまみれた日々を送ってきた遺族たち。その日常の中で、突然起きたのは「霊体験」としか表現できない“死者との再会”だった。その不思議な体験で、遺族たちの心は絶望から救われることになったという。

 ノンフィクション作家の奥野修司氏は遺族たちを訪ね、〈今まで語れなかった。でも、どうしても伝えたい〉という、噴き出す思いを取材して歩いた。岩手や宮城など被災地に3年半以上も通い続け、「霊体験」のひとつひとつを丹念に何度も聞き続け、検証し、選び出し、記録してきた。その記録は単行本『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』として2月に刊行された。
 奥野氏が聞いた遺族たちの告白をいくつか紹介してみよう。

●火葬後に妻娘からの『待っている』『どこにも行かないよ』

『どこにも行かないよ』と言う亡き妻娘

 宮城県亘理郡で被災したある男性は、妻と2歳にも満たない次女を津波で一度に喪った。震災から10日あまりで遺体が見つかり、やっと弔いの火葬ができた夜のことである。
「夜中に目が醒めると目の前に二人がいたんです。マスクをしてしゃがんだ妻に寄り添うように、娘が僕に手を振っていました」
夫は目を醒ましたが、瞼を閉じても妻娘の姿は見え続け、泣きながら「おいで、おいで」と声をかけたという。その後も、夫が寝ているときに妻はあらわれ、『戻りたい』『いまは何もしてあげられないよ』『どこにも行かないよ』『待っている』と語りかけてきた。
この邂逅が、夫には生きていく心の支えになっているという。

●青い玉になった父母からの言葉
 宮城県気仙沼市の女性は父の死を知り、安置所に駆けつけた。遺体の傍に付き添っていたとき、数多くの遺体の腹部からいくつもの「ピンポン玉のような大きさの青い玉」が浮かんでいた。「一人の遺体に青い玉は一つ」「たくさんあるんだから、お父さん、寂しくないね」と語りかけたという――。

●亡き兄から届いたメール『ありがとう』
 岩手県陸前高田市で働く女性は、震災から数ヶ月後にようやく兄の遺体と対面した。その翌日のことである。女性は、市役所で兄の死亡届を書いていたとき、携帯電話にメールが届いた……一言だけ、「ありがとう」と。発信元は、信じられないことに、津波で亡くなった兄の携帯電話だった。しかし、それは「壊れて使えない状態」だった……。さらに、彼女の携帯に届いた兄のメールは生前のメールも含めてすべて消えてしまったのだった。彼女は、「兄なりのお別れの挨拶」として受け止めているという。

●突然動き出したおもちゃの車

 宮城県石巻市で3歳の息子を失った母親の体験である。震災から2年後、息子の仏壇に声をかけた瞬間、息子が生前に好きだったおもちゃの車が突然動き出した……。スイッチの付いた電動式のおもちゃで、勝手に動くことはありえない。その後も、「もう一回、動かして見せて」と息子に願った瞬間、おもちゃはまた動いた……。そして、女性は息子を見ることになる。『ママ、笑って、笑って』と言っていた息子。『ママ、どうして怒ってるの』と変な顔をして母を笑わそうとする息子……。女性の胸中には、「ありがとう」「私も笑わなきゃだめだ、頑張らなきゃだめだ」という思いが去来したという――。

●3歳の孫娘が伝える『イチゴが食べたい』

イチゴが好きだった3歳の孫娘

 宮城県南三陸町で、娘婿と孫娘を津波で喪った女性は、震災後3年目の夏、落ち着きを取り戻した中で、孫娘が夢にあらわれるようになる。『イチゴが食べたい』『じゃがりこが食べたい』と生前好きだった食べ物について、女性に話しかけてきた……。
そして、毎年3月11日が近づくと、なぜか、テントウムシが目の前に……孫娘は、『テントウムシになりたい』とよく夢を話していたのだ。テントウムシがあらわれるたびに、女性は、心がときめくという。

●被災者の2割におよぶ「霊体験」

 これらのケースは、奥野氏が聞き取った遺族たちの告白の一部である。
 奥野氏は、がん治療についての著作もあるなど、極めて科学的な視点をもつ作家で、幽霊は信じていない。だが「霊体験」に関心を持ったきっかけは、在宅緩和ケアのパイオニアとして宮城県で2000人以上を看取った医師(故人)を取材する過程のことだった。医療の現場で自身の患者の約4割が「お迎え」を体験することを知る、その医師は、奥野氏に「お迎えと同じだよ。きちんと聞き取りをしたほうがいい」「被災した人の2割が(霊を)見たという話もある」と、取材を薦めた。当初はためらった奥野氏だったが、その医師は、末期のがんで余命いくばくもなく、最後の言葉に背中を押され、「死者と生者の物語」を聞くという旅に出たのだった。

 度重なる聞き取りを行い、妄想や虚言を排した、実名で“告白”された「死者と生者の愛の物語」が、奥野氏の優しい筆致で伝えられる。
「霊体験」とは遺族たちにとって、“奇跡と再生”につながる、“かけがえのない体験”だったことが、いま、明らかになった。

 奥野修司さんの『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』は発売中です。