「ローンはいくら残ってたっけ?」 がんを告知された瞬間、人は何を思うのか…がん患者となった大学教員が重視する「人生の主導権を握っている実感」【第2回】

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頭に浮かんだ『白い巨塔』

 子どもの頃、ドラマなどで見た「がんの告知」は死の宣告に近いダークなイメージだった。ある世代より上なら、医療ドラマの金字塔として知られる山崎豊子さんの『白い巨塔』が頭に浮かぶのではないか。

 物語の主人公、大学教授の財前五郎はがん専門医でありながら、自らの胃がんを見逃し、同僚たちによって手の施しようがない状態になっていることが判明する。本人への告知をめぐって、大学病院の専門医たちですら戸惑い、判断に苦しむ。

〈鵜飼の部屋へ入ると、鵜飼を中心に、東をはじめ第二外科の今津、放射線科の田沼、麻酔科の吉阪教授など、財前の手術に立ち会った医師団が集まり、金井助教授も加わっていた。

「里見君、いいところへ来てくれた、実は金井君から、財前教授が黄疸に気付き、胃癌の肝転移ではないかという疑いを持ったという報告を聞き、事実を報せるべきか、否かを先程から皆で協議しているところなのだ」

 里見は、金井の隣に坐ったが、協議は重苦しい雰囲気に包まれ、遅々として運ばない。鵜飼は沈痛な面持で、

「いかなる名医、名僧といえども、癌で死期が迫っていると知った途端、がっくりして、そのショックで急激な死に方をする場合が多い、特に財前君の場合、若いのだから、知らせるとすれば胃癌であることだけ知らせ、これがほんものだと云って、胃癌の全剔手術を行なったエックス線写真と切除胃ぜんてきの標本を作って見せ、手術不能であったことは最後まで伏せておく方がいいと思う」〉

 ここで強調されているのは治る見込みのない告知を受けることが悪影響を及ぼすということだ。希望がある方が、余命が伸びるということを当時の医師たちは経験で知っていた。しかし、『白い巨塔』の患者、財前は専門医としての知識を駆使し、同僚の里見に真実を告げるよう迫る。そして、ついにはがんであることを知る。果たして〈その翌日から財前の病状は俄に悪く〉なる。

心身が“エマージェンシー”状態に

『白い巨塔』は抗がん剤(作中では「制癌剤」)が辛い副作用をもつという場面も描かれる。今では多くの副作用が、限界はあるものの、制御できるようになっている。だが私にとって、目の前の医師から発せられた「がん」とか「化学療法」という言葉は強烈だった。理性ではなく情緒の部分に「がん=死」「抗がん剤=辛い副作用」というイメージがいつしか刷り込まれていたことを知った。

 かくして、告知の瞬間には心身がエマージェンシー状態になったのだと思う。予期せぬ災害警報に固まってしまうかのように身構えていた。しかし結果的に聞いて良かったと思う。それも早期に聞けたのはラッキーだった。

 私のように根治は不可能と言われた者でも生活は続く。その間は「がん世界」での生活に適応しなければならない。告知を受けた直後は確かにショックだったが、仕事も続けているし、人間関係が突然なくなるわけではない。旅行もすれば、TVを見て笑いもする。

 ただ、これまでと同じようにではなく、調整していく必要があるだけだ。その意味で、判明した段階で告知をもらったのはありがたかった。早く現実に直面した分、自分の判断で動くことができた。「がん世界」の住人になったとしても人生の主導権を握っているという実感につながった。振り返ってみれば、これは意外に重要なことだったのではないかと思う。

※記事中で引用した文献・資料の出典は以下の通りです。

『白い巨塔』(著 山崎豊子/新潮社/1965年)

Y・J
1963年生まれ。京都大学大学院を経て、テレビ局に就職し、数多くのドキュメンタリー番組や教育番組を手掛ける。退職後は大学に転職し、現在も教員としてメディア論や社会学などを教えている。

デイリー新潮編集部

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