「ローンはいくら残ってたっけ?」 がんを告知された瞬間、人は何を思うのか…がん患者となった大学教員が重視する「人生の主導権を握っている実感」【第2回】
大学卒業後、テレビ局で数多くのドキュメンタリー番組や教育番組の企画・制作に携わり、退職後は大学でメディア論について教えてきたY・Jさん(62)。彼の日常は、がんの告知を受けた日を境に大きく変貌を遂げます。突如として訪れた“その日”は、しかし、日本人の2人に1人が経験する日でもあります。Y・Jさんが振り返る“告知の瞬間”の胸中とは。【Y・J/大学教員、映像作家】
※個人情報およびプライバシーに配慮し、内容の趣旨を違えない範囲で一部の表現を変更しています。
「あの、ステージ4とは……?」
がんの告知を受けたのは今から2年前の2024年、60歳のときだった。それまで自分ががんになるとは夢にも思わなかった。ショックが大きかったせいか、告知を受けたときのことは鮮明に覚えている。血液検査と超音波エコー、CT画像の検査を終え、それらの数値が示す意味を説明した後、医者は結論として「ステージ4の膵臓がんであることが示唆される」と告げた。
ステージ4の意味は知っていた。知っていたが、その言葉が医者の口から発せられたとき、認めたくない現実をぱっと消し去る都合のよいボタンがあるかのように、知識はどこかに消えた。そして長いのか短いのかわからない時間が経ち、私は聞いた。
――あの、ステージ4とは……?
せっかく消去した知識なのに、「それ聞く?」と思っている自分がいる。どこからか別の自分が現れたようだった。医者は答える。
「転移が認められるので手術はできないという段階です」
ほらやっぱり、と思う自分。なのに、また聞いてしまう。
――ということは?
「化学療法による延命治療が考えられる選択になります」
医者は優しく穏やかに現実を突きつける。
――あの、どれぐらい生きられるかとかは?
「言ってもいいですか? ご家族とか呼ばなくても?」
絶望。
フラグが立つとはこのことだ。誤解なきように書き添えると、医師の言葉は終始穏やかで、表情は笑顔でもないが冷たくもない、患者に不安を感じさせない完璧なものだった。
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