日本国憲法をめぐる交渉は「背水の陣だったんだよ」とホイットニー少将は語った…GHQの幹部たちに徹底取材 「下山事件」の“キーマン”シャグノン大佐が明かした衝撃のひと言

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失踪直前、下山総裁に会った「シャグノン大佐」とは……

 1949年7月5日、行方不明だった国鉄(現JR)の下山定則総裁が、足立区の常磐線の線路上で轢断死体となって発見された。当時、国鉄はGHQから職員10万人余の人員整理を“指示”されていた。対応に苦慮した下山総裁は自ら命を絶った……いや、組合か左翼系テロによる殺人ではないか……捜査陣もマスコミも見方は二分し、さらにGHQの“関与”も囁かれていた。昭和最大の未解決事件「下山事件」である。

〈国鉄労組の大量首切りと赤色追放(レッド・パージ)を強引に推し進めた占領軍人として、GHQ民間輸送局(CTS)鉄道課長、D・R・シャグノン大佐の名前が、しばしば登場する。〉

 彼は国鉄を「マイ・レールロード(俺の鉄道だ)」と公言し、“怪物”と呼ばれていた。「7月3日の夜、シャグノンはピストルを胸にぶらぶらさせながら、下山邸に酔って押しかけ、人員整理の対応に不満を述べていった」との証言があった。彼こそは、下山の自殺/他殺にかんする重要人物と思われた。

 取材班は、なんとかこのシャグノン大佐を探しだそうとするが、いっこうに行方がわからない。陸軍退役者名簿にも、その名がないのだ。当時の上司、民間輸送局長のハロルド・ミラー准将を探し出して事情を聞いた。すると、実は彼は勤務不良で占領終了以前に解雇――“不名誉除隊”されていたのだ。そのミラー准将は「下山総裁は暗殺(アサシネート)された。私は運輸大臣や国鉄幹部からそう聞かされたのだ」と答えた。

 結局、ネバダ州リノの電話登録に、同姓同名の人物がいることがわかった。取材班はシエラネバダ山脈を越え、リノの市街地のはずれにある、淋しい“トレーラー村”にたどり着いた。家のない貧しいものが、トレーラーハウス(移動住宅車)で集まっている“吹きだまり”のような一角だった。車に引かれた電話で取材を申し込むと、「おう、喜んで会おう」。翌日、自らホテルにやってきた。だが……。

〈ブクブクの肥満体を、両足でやっとささえながら、長い廊下をゆっくり歩いて来た。「糖尿病にやられて、医者に通っている。30分おきに小便をしないと、腹が膨れ上がってしまう」という彼は、ポケットから幾種類ものメガネを取り出して、選んでかけた。光に対する瞳孔の反応が悪いのだという。〉

 シャグノンは、当時の国鉄の内情、GHQの対応などについて細かく証言した。そして、意外な事実を語った。この部分は重要なので、証言テープがそのまま翻訳採録されているが、なにぶん長いので、ここでは抄録でお伝えする。

〈「行方不明になる前の晩、下山は仕事の重荷に耐えかねて、人を介して“やめたい”といってきた。そこで私はただちに、思いとどまらせようと彼の自宅へ出かけた。夜中の12時ころだったと思う。彼はたくさんの圧力を受けて疲労困憊していた。圧力は、国鉄内部からのものだ。彼は部下の幹部たちが100パーセント味方であることを願っていたが、事実はそうではなかった。そのことが彼の大きな悩みであって、ほかの誰かに交代してもらいたい、と考えていた。」〉

“圧力”は、労組や左翼勢力ではなく、あくまで国鉄組織内部のものだという。シャグノンは、なんとかとどまるよう、説得し続けた。酒はせいぜい1~2杯呑んだだけだという。

〈「下山もやっとキゲンがよくなり“ガンバってやり遂げます”といい出した。最後は2人で愉快に笑った。私が辞去したのは午前2時ごろだったと思う。(以前に脅迫されたことがあったので)MPを連れ、特別の許可を得てピストルを持っていたが、ケースにさし、会談中はテーブルの上に置いた。」〉

 さらにシャグノンは、この時点での“最新情報”を語った。あとで下山の妻から聞いた話として、

〈「下山はそのまま寝ないでじっと考え続けていた。そして午前4時になると、車で出かけて行った……。下山は殺されたと聞いている。自殺は考えられなかった。彼のやっていることは失敗ではなかったからだ。私が耳にしたウワサは、ある国のグループが、誰かに頼まれて殺したという話だった。下山の死体は、下腹部をケ上げられ、睾丸がつぶれていたという。こういう殺し方は、ある国民に特有の方法だと聞いた。誰のために殺したか……それは考えてもわからない。」〉

 取材班は、この“怪物”シャグノンの性格や過去の仕事ぶり、また、その証言内容なども、全面的には信用していない。〈まったくの“正義の人”か。数時間会っただけでは、そこはにわかに判断できない。(略)彼がインテリでないことだけは確かだし、かなりハッタリを好む性質だともいえる。〉と、かなり冷静に書いている。

 この下山事件の章では、このあと、もう一人、参謀第二部(GII)公安課にいて、事件を捜査した職員が登場し、「あれは自殺に過ぎない。一部の人間が、他殺のように思わせて政治的プロパガンダに利用したのだ」と力説している。そしてこの章は〈殺人はむろん凶悪だが、物いわぬ死体を政治目的のために利用することもまた、殺人同様に非人道なことではあるまいか。〉と結ばれている。

『マッカーサーの日本』は、このあと、《朝鮮戦争と再軍備》の章に入り、マッカーサー本人を描く《老兵は消え去るのみ》で終わっている。連載は全45回。文庫版で上下2巻、計約700ページ。次から次へと登場する、GHQ幹部、怪人物、著名人、驚きのスクープ、思わず笑ってしまう滑稽譚……いまとなってはすでに古くなった内容もあるが、それでも、もう二度と話を聞けない重要人物たちの証言があふれている。まさに週刊誌ノンフィクションの金字塔と呼ぶにふさわしい、熱気と迫力で構成されたルポルタージュである。

※記事(文庫版)の引用は、主旨を変えない範囲内で、一部文章を修正しています。記事内容は、あくまで連載取材・執筆当時のものであり、その後の調査研究で、新しい事実が発見されている事項もあることをご了承ください。

【前編は「“歌舞伎を救った米軍将校”“天皇会見に臨んだ従軍記者”の肉声…週刊誌ノンフィクションの金字塔『マッカーサーの日本』が描いた“占領下”の真実」

森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。

デイリー新潮編集部

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