病弱な妻を愛しているけれど「もしいなくなったら」を考えてしまう。別の女性と10年関係を続け、“10年後”の約束にすがる53歳夫

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自分が分裂しそうな恐怖感

 会えばどうなるか、ふたりともわかっていたのかもしれない。学生時代に思いを遂げられなかった「忘れ物の回収」が待ち受けていることを。だからこそ、なかなか会う日を決められなかった可能性もありそうだ。

「そうですね、結局、食事をした日にそういう関係になりました。お互いに予想はできていたし、覚悟もできていた。彼女は独身だったけど、つきあっている人はいるようでした。でもそんなことは気にならなかった」

 また会える? 深夜、帰り際にそう尋ねると、彼女は深く頷いた。ただ、帰宅して先に休んでいた怜菜さんの顔を見ると急に胸が痛んだ。と同時に、理江子さんとのやりとりや体が触れあった感触が蘇る。自分が分裂しそうな恐怖感に襲われた。

「妻への愛は本物なのに、理江子への気持ちにも嘘はない。どちらかを見て見ぬふりはできなかった。理江子とは体の相性もとてもよかったんです。もっともっと彼女を心身ともに知りたかった」

 3回目に会ったとき、理江子さんは言った。「奥さんとはうまくいってるの?」と。どういう意味かと尋ねると、「私、妻に乗り込まれたりするの嫌だから。恋愛は自由だとおもうけど、既婚者はそう自由ではないでしょ」と笑った。

「黙っているのも不誠実かと思って、妻が体が弱いことを話しました。子どもの件も。理江子は『つらかったね』と言ってくれた。彼女自身も流産したことがあるそうで、特に言葉を尽くさなくてもお互いにわかりあえるところがありました。『私は結婚してくれとは言わないから』と。でも僕は理江子と人生をやり直したいと思うようになっていった。もちろん、怜菜を見捨てるようなことはできない。できないとわかっていながら、理江子と一緒になりたくて」

「妻がもしいなくなったら」を考えてしまう

 理江子さんはそんな彼を終始、励ましてくれたという。「結婚だけが結びつきじゃないから」と。ただ、そう言いながら「これは妻を冒涜する言葉かな」とも言った。そうなると、ふたりともどんどん苦しくなっていった。

「公にできない関係でもいいじゃない、私たちだけがわかっていればいいと理江子が言ってくれたので、ようやく僕もそう思えるようになりました。そうなるまで3年くらいかかっています。何度も別れようとしたけど、別れられなかった」

 一方で、妻を裏切っているという感覚もだんだん薄れていった。妻は妻、理江子さんは理江子さんと分けて考えることができるようになったのだという。だが彼は、妻への気持ちは変わらず、労りながら生活していた。

「妻を大事な存在だと思っている。思っているのに、妻がもしいなくなったら……ということも考えてしまう。いや、そんなことがあってはいけないとまた思う。割り切ったつもりでいても割り切れなかった。理江子のほうが割り切っていたと思います。彼女は結婚を特に望んではいなかったから。ただ、つきあい続けたいとは言っていた。僕はどこかでふたりの関係を世間に認めてほしいと思っていたんでしょうね」

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