「3億円事件」でも「グリ森事件」でもない“昭和の未解決事件”…27歳女性CAが変死した謎多き「ベルメルシュ事件」を週刊誌はどう報じたか
週刊新潮が第一報を報じた昭和未解決事件
よく“昭和3大未解決事件”という。そのうちの2件が〈3億円事件〉〈グリコ・森永事件〉であることは、異論のないところだろう。週刊新潮も、この2件については、徹底的に報じてきた。
だが、のこり1件については、メディアによってちがいがある。いちばん多いのが、1949(昭和24)年に発生した〈下山事件〉だ。だが週刊新潮は、当時まだ創刊されていない(1956年創刊)。よって、〈下山事件〉の“第一報”記事は、ない。
では、週刊新潮が“第一報”で報じた、3件目の“昭和未解決事件”とは、なにか?
これはもう、まちがいなく、1959(昭和34)年に発生した〈BOACスチュワーデス殺人事件〉である。編集部内では、むかしから通称で〈ベルメルシュ事件〉と呼ばれていた。
週刊新潮は、この事件を、発生から30年以上にわたって、何度となく回想し、ひたすら報じつづけた。その間、松本清張を筆頭に、多くの作家やジャーナリストが題材にし、ノンフィクションになり、小説になり、映画にもなった。
歳月とともに、次第に当時を知るひとは少なくなり、忘れられかける。ところが週刊新潮は、そのたびに大きな紙幅で続報記事を組んだ。まるで「この事件を忘れてはいけない」と訴えているかのようだった。以下は、週刊新潮編集部が、事件発生以来、歴代5人の編集長のもと、編集部員の世代交代をつなぎながら、30年以上にわたって追いつづけた〈ベルメルシュ事件〉、その“第一報”記事の、意外な内容である。
その名が報じられるまで、2か月あったので……
すでに有名な事件なので、ご存じの方も多いと思うが、概要をかんたんに振り返っておこう。1959(昭和34)年3月10日朝、杉並の善福寺川に、女性の死体が浮かんだ。着用していた伊勢丹のオーダーメイド・スーツから、すぐに身許は判明した。神戸出身で、そのときは東京・世田谷の叔父宅に住んでいた、Tさん(27)だった(記事では実名。以下、ほかの人物も同様)。
あまりに遺体がきれいな状態だったので、警察では、自殺か他殺か、すぐに判定しかねた。だが検視の結果、縊死とわかり、翌11日夕刻になって、他殺容疑の捜査本部が設置された。
この事件が一躍世間の注目を集めたのは、TさんがBOAC(英国海外航空=現・ブリティッシュ・エアウェイズ)のスチュワーデス(当時の名称)に採用されており、3日後の13日が初フライトだったことだ。当時、日本の女性が、海外の国営航空会社で乗務員に採用されること自体、たいへんなニュースだった。その彼女が、華々しい初仕事の直前に殺害されたとあって、日本中が注目した。
だが、捜査はなかなか進展しなかった。ようやく容疑者らしき人物を警察が特定したのは、5月になってからだった。その人物とは、カトリック教会のベルギー人神父、ルイ・ベルメルシュ(当時38歳)だった。
日本人の海外航空スチュワーデスと、聖職者たる外国人神父――この意外な取り合わせに、事件は、ふたたび大きな注目を浴びた。ところが、ベルメルシュ神父は、数度にわたる事情聴取に平然と対応していたものの、6月になって、突然、羽田空港(当時の国際空港)から母国ベルギーへ飛び立ってしまう。以後、事件は迷宮入りとなり、すべては闇に葬られ、現在に至っているというわけだ。
以上でおわかりのとおり、遺体発見から、容疑者と思われるベルメルシュ神父の名がマスコミに登場するまで、2か月以上かかっている。それまでは、ベルメルシュの「べ」の字も報じられていない。
では、週刊新潮の“第一報”は、いったいなにを報じていたのだろうか。
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