「3億円事件」でも「グリ森事件」でもない“昭和の未解決事件”…27歳女性CAが変死した謎多き「ベルメルシュ事件」を週刊誌はどう報じたか

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流血騒ぎまで起きた、複雑な男性関係

 結論からいうと、Tさんは神戸時代、多くの男性と、かなり乱れた関係にあった。当時の週刊新潮は、現在のような、関係者の“証言コメント”で構成する記事スタイルではない。ほとんどの事実関係が、地の文で綴られる形式だ。よって気づきにくいのだが、よく読むと、記者はこの男性たちに直接会って、Tさんとの関係について、すべてを聞き出していることがわかる。おそらく彼らは、今回の殺人事件と無関係であることを証明するために、すすんでいままでのことをすべて語ったものと思われる。

 Tさんは、関西では著名な実業家の娘だった。だが、戦時中の統制で傾き、戦後は一般家庭と同様の環境で育つ。それでも、“元お嬢様”の家風もあって、キリスト教系の名門女子高、女子短大を経て、神戸B病院の看護婦となった。

 Tさんは、このB病院に胃潰瘍で入院してきたY氏と親しくなる。Y氏は某財閥の御曹子で18歳年上、離婚して独身だった。症状がよくなり、外出許可が出ると、Y氏はTさんをデートに誘う。Tさんは、

〈「監督役としてついてゆくわ」という。外に出ると意のままだった。「疲れたから少し休もう」と旅館に入ると、黙ってついてきて、次の段階では、かえって情熱的にさえなってくる。〉(前掲誌より)

 やがてこの2人は、結婚をめぐって、教会の神父や、Tさんの父親も巻き込むゴタゴタを起こす。Tさんは病院を退職する。Y氏とはてっきり別れたかと思いきや、またも関係が復活……。

 あるとき、Tさんは、Y氏に、異様な告白をする。実はA氏という恋人がいたが、宗教上のちがいで結婚できなかった。A氏は、別の女性と結婚した。ところがその妻が病気で入院中、Tさんは、A氏とふたたび関係をもってしまい、

〈一夜をともしてしまった。そして、いまがその帰りだというのである。〉(同)

 Tさんは、今度は眼科医院で看護婦をつとめていた。ここへ、兵庫県庁に勤務するM氏が患者として通い、またまたTさんと恋人関係になる。M氏とY氏は、Tさんと三角関係のようになってもめ、M氏がY氏の頭をジャムの瓶で殴る“流血騒ぎ”をおこす。あまりの混乱ぶりに、ふたたびTさんの父親が出てきて、眼科医院に乗り込み、

〈「もうこの娘は、神戸にはおいておけない。この足ですぐ東京に連れてゆきます」。Y氏にもM氏にも「婚約破棄」がいいわたされた。(略)1957(昭和32)年10月、彼女は故郷を追われた形で上京してきた。〉(同)

 そして、親戚の世話で、聖オディリア・ホーム乳児院につとめたというわけだ。

 以上は、神戸時代のTさんをめぐる多くのエピソードの、ほんの一部である。

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